二等三角点
作/苫澤正樹 



 名雪の一件があった日。
 祐一たちは、名雪が泣きやんでから洞穴に行って一連の説明をした。
 ほとんど説明というより名雪と祐一揃っての平謝りであったが、浦藻は、
「そう責任を感じることはありませんよ。実害はなかったわけですし……。何より当事者の真琴が、気にしていないのですから」
 そう言って、二人に頭を上げるように言った。
 それどころか、
「お話ですと、祐一さんが随分頑張ってくださったようで……やはり祐一さんは、いろいろな意味でこのメンバーの中では特別な存在なのかも知れませんね」
 いつぞや入口の井戸を通れたことについて説明した際(「盟神探湯」参照)に言ったことを引き合いに出して、そうほめられる始末であった。
「そんなごたいそうなもんじゃありませんって……俺なんか、みんながいなけりゃただのへたれですよ」
 そう言って本気で手を振って否定する祐一に、浦藻はちょっと苦笑すると、
「しかし……こうしてみなさんの絆が強まるのはよいことなのですが、その分だけ討伐が難しくなるのも事実ですね。さすがに虎の子を潰され、奇襲で内部崩壊を招こうとしても簡単にあしらわれたわけですから、殺生石側の警戒も最大限になって来ているでしょう。この後、どんな手段を取って潰しにかかることやら」
 厳しい顔になってそう言った。
「なあに、あっちが本気出すなら、俺たちの側でも全力でぶつかるまでですよ。賽は投げられたんですからねえ」
 浦藻の心配するような言葉に、祐一はそう答えたが、すぐに眉間に指を当てて困ったような表情になり、
「……と言いたいとこなんですが、必要要員が全員揃っていないってのが……。あの橘樹慎司ってのは俺たちではどうしようもないからして、美坂姉妹が問題なわけですよ」
 ため息とともにそう言った。
「う……その辺は、いかがなんです?」
「思案投げ首、と表現するよりしょうがないですよ。舞と佐祐理さんの時もたいがい困りましたが、あの二人はまだ美汐の家の隣に住んでたり、一緒に『魔物』と闘ったりして、人的な接点も妖狐のことを信じてもらえる土壌もあったわけですが……美坂姉妹は単なる同級生とその妹、しかも妹はともかく姉がこの話を信じるかどうか」
 このことである。
 今集まっている神職家の末裔たちは、みな何らかの形で祐一とつながりがあり、さらに「妖狐」というある意味オカルティックな存在を受け入れるだけの柔軟さがある人物ばかりだ。
 それを考えると、「同級生」で「名雪の親友」以上のつながりがなく、さらにクールな性格で寺社仏閣など信仰の場以外で霊的なものを信じそうにない香里、さらに数度しか顔を合わせていない栞を引っ張り込むのは相当の困難を伴うことは想像に難くない。
「なかなか信じてもらえそうにない、というのが一番厄介ではありますよね。証拠を見せるためにここへ連れて来るのすら出来ないわけで」
「唯一幸いなのは、栞がロマンスやファンタジーもの好きで、結構こういう状況に抵抗がないかも知れない、ってことですかねえ……。だからそこから攻めるしかないか、というのが俺たちの統一見解でして。ただどこで接点作るか……やっぱり香里か」
「祐一、思考が循環してるよ」
「うっ……」
 名雪にそう突っ込みを入れられ、祐一は思わず言葉を詰まらせる。
「名雪に突っ込まれるとは……俺も相当思考が煮つまってるなぁ」
「……意味はよく分からなかったんだけど、もしかしてひどいこと言ってる?」
「そんなことないぞ」
「うー、怪しいよ……」
 いつもながらの漫才を始めそうになる祐一と名雪に、浦藻は苦笑すると、
「そのあたりは、みなさんの間で詰めていただくしかありませんよねえ……。第一、こちらでも慎司君を説得し終わらないと始まりませんので。互いに一番厄介なところが残ったというところですか、美坂さんたちや慎司君には悪いですが」
 そう言うと、真琴の袖を引き、
「じゃ、これから私たちはまた行って来ますので」
「あぅー……あいつの渋っ面また見るかと思うと、辛気くさくてしょうがないわよぅ」
「そう言うこと言うもんじゃない、さ」
 そう言って促すと、慎司の説得のために神籬(ひもろぎ)の後ろへ姿を消した。
 と、それを見計らってか、
「……祐一、名雪。もういい?」
 舞が後ろから声をかけて来た。
「え、ええ」
「ああ、一応話すことは話しきったからな」
「……それならちょっと提案があるんだけど、今日は休みにした方がいいかも」
 そう言う舞に、
「えっ、いいんですか?まだわたしなんか下手くそなのに」
 名雪がそう訊ねると、舞はこくりとうなずき、
「……今朝あんなことがあった後で、すぐに躰を使えというのはつらい。本人は大丈夫なつもりでも、きちんとした鍛錬にはならない。名雪も陸上の部長をやっているなら、休養も練習のうちだというのは分かるはず」
 名雪に手のひらを向けて言い聞かせるように言う。
「確かに道理ですね……うちの部でも昔似たことありましたし」
「なあ名雪、舞は実質ここの部長的存在なんだし、甘えちまったらどうだ?第一、今回一番きつかったのはお前じゃないか」
「うん、それもそうだね……でも、美汐ちゃんとか倉田先輩はどうしようか?二人ともあと一時間くらいで来るよ?」
「美汐んちの電話なら俺が知ってるから、俺からかけるよ。佐祐理さんは隣同士だし、口頭で回してもらってもいい」
 そこでぽん、と舞が軽く手を打ち、
「……じゃ、決まり。今日は休みということで」
 話をまとめに入った。
「了解。秋子さんにも話通しておくわ。……しかし、二日連続で中止と休みか。明日から遅れを取り戻すためにがんばんないとな」
「……その辺は気にしないで、ゆっくり休んで。こっちでも秋子さんと一緒に、浦藻さんたちにこの話伝えておくから」
「ああ、気づかい、恩に着るよ」


 祐一と名雪が連れ立って妖狐の洞穴を出たのは、それからしばらく後のことであった。
 浦藻たちが慎司に籠城作戦を敢行され、仕切り直しに一旦戻って来たのが、意外と早く出られた一番の要因である。
 秋子は浦藻たちの手伝いに残留することになり、舞もしばらく持っていなかった方の剣で練習したいからと、個人的に残ると言い出した。
「祐一君、名雪さん、ボクは先に帰ってるねー」
 あゆも霊体の自由さを生かして、電車も使わず先に帰路についてしまった。
 結果、祐一と名雪だけが真名井電停から電車で家まで戻ることになったのである。
「……次まで、まだ少しあるな」
 祐一は、線路の丘側、そばの道沿いに張り出して設置されている単線のホームの端にある時刻表と時計を見比べてそう言うと、そばの色あせた木のベンチへ座った。
「しかし……もうここの電停じゃ何度も乗り降りしたけど、味がありすぎだよなぁ」
 コンクリート製の低いホームに、木製でアルミサッシュ化もろくにされていない待合室。中には牛乳や商店のほうろう広告が背もたれについた古い木のベンチと、日に焼けてくたぶれたプラスチックのベンチが無造作においてある。
 電停の上り方には木製架線柱が鎮座し、「まない」と書かれたほうろう引きの駅名板と「吸い殻はこちらへ 南森市交通局」と書かれた錆だらけの灰皿がくくりつけてある。
「俺は鉄道にゃ興味ないから分からんが、地方じゃこういう古めかしいところも残ってるんだな。……しかし、灰皿くらいは公園に置いてあるような専売公社の縦長のやつでもよさそうだが」
「そう言われても困るよ……それよりわたしは、百花屋(ひゃっかや)が広告を出してるのに驚いたよ」
 そう言うと、名雪は自分の隣にあるベンチの背を指差す。
 そこには、「洋菓子販売・喫茶 百花屋 HYAKKAYA 雪見町二一七(市電雪見町電停前)」と書かれたほうろう看板が確かにあった。
 百花屋は甘いもの好きな名雪御用達の喫茶店であるとともに、祐一たち福南学園高校の生徒の間では何か話すならすぐに百花屋に集合、というくらい有名な店なのである。
「ま、あそこは古いし、有名な店だしな……とと、来たな」
 そんなことを話しているうちに、「南森駅前」のサボを掲げた緑とベージュの二色塗装の電車がごろごろぎいっ、という音とともに電停へ入って来た。
「お待たせいたしました、南森駅前行です。整理券をお取り下さい。危険物を車内へ持ち込まないでください」
 機械合成の女性の声で響く注意放送を尻目に、開いた後扉から乗り込む。
 ブザーの音とともに扉が閉まると、電車は重苦しい音を響かせて電停から離れた。
 この周辺は専用軌道といっても線路全体が道路にぴったり寄り添った状態で、線路と道路を隔てるものは低い柵しかない。
 途中の踏切もことごとく鉄道のように列車の通行を優先するものではなく、道路の信号に従って停止・発進する路面電車独特のものである。
 やがて電車は物見中学校の校舎を遠く先に見ながら、路面へ向けて近づいて行き、信号待ちで止まった。
「信号待ちです、今しばらくお待ち下さい」
 運転手の声とともに、空気圧縮機(コンプレッサ)のがたがたという音が細かい振動と一緒に車内へ響き、ひゅうっ、とやむ。
 視覚障害者誘導用のひよこの鳴き声が外から響く中、回数券を手の中でもてあそんでいた祐一は、ふと中学校の方を見てびっくりしたような顔つきとなった。
(あれ、香里じゃねえか……?)
 このことである。
 ソバージュの長い黒髪という身体的特徴がそう思わせたのもそうだが、一番大きかったのが、
「一眼レフと馬鹿でかい三脚を構えて電車を撮ろうと狙っている……」
 ことであった。
 ソバージュの少女とごつい撮影機材。市内中探しても、この取り合わせで街頭に立っている人物はおよそ美坂香里その人しかいないだろう。
 そうしているうちに、電車はゆっくりと路面へ滑り出す。
 念のため、進行方向右側の後扉のそばへ立って見ていると、見立て通りカメラの女性は香里だった。
 ほぼ眼の前を通過しているのだが、カメラのレンズをふくのに集中しているらしくこちらに気づいていない。
 と、そこに、
「……どうしたの、祐一?」
 いつの間にか名雪がやって来ていた。
「ん?ああ、香里のやつが今、あそこの学校の前にいたんだよ。撮影だと思うけど」
「そうだったんだ……気づかなかったよ」
 そう言うと、名雪は少し考えるような素振りを見せ、
「……ねえ、香里に声かけてもいいかな?ここのとこ、顔合わせてないから」
 上目づかいに訊ねて来た。
「そうだな……せっかくもらった休みだからな。それに香里と接触すれば、佐祐理さんの時みたいに糸口がつかめるかも知れないしな」
「じゃ、とりあえず次で降りよ?」
 そう言うと、ちん、と降車ボタンを押す。
「はい、ありがとうございました」
 運転士の言葉とともに、二人は電停の上へ足を踏み出した。
 対向の電車が眼の前を通り過ぎるのを待って、香里のいた歩道の方へ横断する。
 そこから物見八幡神社の前を通り過ぎ、三百メートルほど北へ上がったところが物見中学校である。
 果たして、香里はそこにいた。
 ちょうど尾根原行の電車が通過したのを撮った直後だったらしく、中腰から立ち上がろうというところである。
「おーい、香里」
 撮り終えた後なら問題なかろう、ということで祐一がそう声をかけると、香里は、
「えっ……!?相澤君に名雪!?な、何でこんなところに?」
 意外な人物の出現に珍しく眼を丸くして驚いてみせた。
「なに、ちょっと野暮用さね。香里こそ、何でまたこんなとこに?」
「見れば分かるでしょ、撮影よ」
 そう言って、三脚や撮影機材が詰まったバッグを指差す。
「いや、撮影は分かるんだけどさ。香里が市電撮ってるなんて珍しいから、何に使うんだろうと思ってね」
「ああ、そういうこと……実はね、鉄道研究会の今度の会報が市電特集で。人海戦術で全線撮ったんだけど、ここが失敗しててね……仕方ないから、撮り直ししてたってわけ」
「なるほど、副部長もつらいな」
「そうでもないわよ、好きだしね」
 そうなのである。
 実は香里嬢、福南学園高校鉄道研究会の副部長を務めている。
 当然趣味は鉄道で、旅行・乗車・車両研究・乗車券・模型などいろいろと細分化され専門化されたこの分野の中でも、特に鉄道写真に対する興味が強い。
 何でも父親がその筋で有名な人だそうで、彼女の撮影機材や技術の手ほどきは父親によるものだという。
 現在では主に国鉄を撮影対象にしており、彼女の撮った上りの寝台特急「北斗星」は鉄道雑誌で賞をもらったこともある。
 もっとも、香里自身はこれだけの才能を持ちながら、自分の趣味を必要以上に明かしてはいない。
 昭和四十年代以降の急激な趣味人の質の低下により、鉄道趣味に対して妙な偏見が世間に生まれてしまっているからである。
 さらに鉄道趣味の世界は、最近まで女性がほとんどいない「男の世界」であったし、今もそう思われている節がある。香里にしてみれば、
「うかつに趣味人だと言えない……」
 状況なのだ。
 しかし一方ではしたたかなもので、妹の栞の絵が
技術の不足に著しく邪魔をされ一向に上達しないのを見て、描画を必要としない写真の方に転向するよう勧めているらしい。
 豊かな彼女の感性が「描画能力の不足」という一点のために存分に発揮されないことを惜しんでの勧めなのだが、一方でその裏には、次第に鉄道写真の世界に引きずり込んで鉄道趣味に染めてしまおうという、恐るべき(?)計画があるのは言うまでもない。
 もっとも自分の実力が絶望的という現実をうっちゃってまで、かたくなに画家志望を貫いている栞にその気があろうはずもなく、
「そんなことするお姉ちゃん嫌いですー……」
 と不興を買いまくっているとかいないとか。
 それはともかく……。
「それで、どうなんだ?首尾は」
「そうねえ……今日は虎の子のレンズを持ち出して来たしね。幸い交通量も少なくて、車に邪魔されることもないし……もうそろそろいいかなと思ってるんだけど」
「じゃあさ、百花屋寄って行かない?確か香里がフィルム出してる写真屋さんって、第六銀行の隣でしょ」
 第六銀行は福島市に本店を持つ、明治の国立銀行、いわゆる「ナンバー銀行」を前身とする地方銀行である。
 それを聞くと、香里は少し考え込むような顔をして、
「……そうね。会報も〆切が迫ってるし、早めに写真上げないといけないから。それに……」
 そう言った後、一旦言葉を切ると、
「あんたたちに、ちょっと相談したいこともあるしね」
 思い切ったようにそう言った。
「え?珍しいな、大抵自分で解決しちまうお前が相談なんて」
「それがね、本気で困ってて……とりあえず、電車乗りましょ」
 そう言うと、彼女は首をひねる二人を従えて物見町の電停へ歩き始めた。


「雪見町、雪見町、市役所前です。お降りの方はご順にお願いいたしまーす」
 運転士の車内放送とともに、ぞろぞろと前扉の運賃箱に降車客が群がる。
 南森市役所をはじめとして市の主要な役所が揃い、さらに繁華街というここ雪見町は、時間帯によっては南森駅前電停よりも乗降客が多い。
 運賃箱にじゃらじゃらと小銭が放り込まれ、それを横にあるレバーをひねって落とし穴のように箱の底へ落とし込む。
 両替を請われれば、運賃箱横のアルマイトの両替機からレバー操作で小銭を払い出す。
 その音が延々と響く中、祐一と名雪は百七十円分の回数券を、香里は両替で同額を工面して運賃箱へ放り込んだ。
「さて、と」
 電停に降り立つと、そこはもう「雪見通り」こと雪見町商店街の入口だ。
 さらに言うと、目的地である百花屋の真ん前でもある。
 三人は一旦件の写真屋に寄ってフィルムを現像に出すと、そのまま道を引き返して百花屋に入った。
 百花屋は、大正十二年創業という南森有数の老舗で、現在の山小屋風の建物は戦前からのものという。
 内部こそ陳腐化を嫌って近代的に改装され、老若男女さまざまな客が行き交い商店街に完全に溶け込んでいるが、いわゆる「昭和モダン」の雰囲気を残しているということで、最近将来の文化財候補でもある「登録有形文化財」の登録申請も行ったという、見かけによらずなかなかにすごい店なのである。
 さらに店の南東角には、戦前に道路整備のために全国の市町村に設置された「道路元標」が大正に立てられたまま保存されていて、ちょっとした歴史の集う一角である。
 さて……。
 店に入ると、三人は香里の導くまま奥の方の席へ座った。
 ここに来るまでに少々香里が落ち着かずに周りを見回していたのは、同じクラスの人間や知人がいないか確認していたものか……。
 それを見て、祐一も名雪も、あまり人に聞かれたくないような話と察して自然と顔を引きしめた。
 給仕が水を持って来るまでに注文を決めた三人は、祐一と香里はコーヒー、名雪はいつものお気に入りで店でも古株メニューの「いちごサンデー」を注文した。
「おいおい、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ……春休みだし、俺たちくらいの連中はここまでそう来ないぜ」
 いくら学生御用達の店とは言っても、大抵の生徒は学校帰りに寄る程度だ。わざわざ休みに、遠路はるばるここまで来る者はそういないだろう。
 それに普段学生がいる時でも、ほとんどみんな陽当たりのよい窓際に集まって奥にいることは少ないのだから余計であった。
「そ、それもそうよね」
「ほんとにどうしたの、香里?そんな落ち着きないの、随分珍しいよ」
「はあ……やっぱり分かるのね。とりあえず、単刀直入に言うわ」
 そう言うと、香里は一つ息を吸い、呼吸を整えると、
「栞が……栞がおかしいのよ、最近」
 のどの奥から絞り出すようにそう言った。
「えっ……」
 香里の言葉に、祐一と名雪が一斉に驚きの声を上げた。
「そんな、病気は治ったんじゃなかったのか?」
 このことである。
 栞が昨年の暮れから死病に冒され、「二月の誕生日まで生きられないだろう」と余命宣告までされるほど重篤な状態であったのが、二月一日になった途端に死ぬどころか急速に快方に向かい、現在では元気に暮らしていることは「暗夜の月」で既に話した。
 それ自体はめでたいことだが、医者が「医学的に見て有り得ない、奇跡としか言えない」と言ったというほどの不自然な恢復ぶりには一抹の不安もあったため、とっさに病気の話かと思ったのだが……。
「そうじゃないのよ……元気は元気よ、あの子。あたしがおかしいっていうのは、態度なの」
 香里の口から出たのは、意外な言葉だった。
「……態度?栞ちゃんで態度がおかしいって、想像しづらいけど」
 と、これは名雪。
 名雪は香里とは高校入学時からのつき合いながら、妹の栞について知ったのは意外にも今年の初めのことであった。
 その後、栞が恢復してから何度か香里の家に行って顔を何度も合わせているので、その辺は数度しか顔を合わせていない祐一よりもよく分かっている。
 ただその祐一でも、
「名雪に同じだな、俺も。あんなに天真爛漫なロマンチストが、姉を困らせるような態度するってのもなあ」
 そう言い切るほどに、栞の態度に困っている、という香里の悩みは奇異なものであった。
「栞のこと、そう見てたのね……まあ、姉としては悪い気はしないけど」
「それより、何がおかしいんだ」
「ああ、それなんだけどね……相澤君の言う栞の天真爛漫さが最近なくなっちゃって、人が変わったようになってるのよ。何て言うのかしらね、俗な言い方をすれば、殺伐とした感じ」
 前髪をかき上げ、苦渋の表情でちょうど来たコーヒーを口にする。
「殺伐だって……?そりゃ、名雪と夜更かしくらい有り得ない組み合わせじゃないか?」
「茶化さないの。まあ、確かにその通りなんだけどね」
「ねえ、もしかして二人してひどいこと言ってる?」
「そんなことないわよ、今は栞の方が先だし」
「ああ、まあそうだよな」
「体よくごまかされてる気がするよ……」
 と、そこでいちごサンデーが遅れて到着し、名雪の追及もそこまでになった。
「で、いつ頃から?」
「そうね……先月の、中頃くらいからかしら。病気にさいなまれてた反動か、それまでものすごく明るくて、あたしの後追いかけ回す勢いだったのよ、あの子。それが、突然あたしや両親に冷たく当たるようになって、一人で行動するようになったの」
 特に香里を戸惑わせているのが、以前の栞では絶対に有り得ないような「毒」を言葉に入れるようになったことである。
「たとえば、あたしが写真を勧めるでしょ。そうすると、前は困ったような顔をするだけだったのに、最近は『いいですよねー、写真は。スケッチも何もしなくても現物がそのまま写りますから。下手くそな私には持って来いですよね』って言うのよ……。そんなつもりで勧めたんじゃないのに、こんな毒舌吐かれたら腹立つのを通り越して悲しいわよ」
「香里の姉としての想いや写真術に関するこだわりの部分をさっぴいても、そりゃ確かに困惑するよな。いきなり面罵されたようなもんじゃねえか」
「信じられないよ、あの栞ちゃんがそんな毒舌言うなんて……」
「その他にも、どこに出かけるのか訊いたら『友達のところへ』って言うから、てっきり同級生かと思ったら、『大師堂公園の噴水さんや鳩さん、残雪さんと絵について語らいに行くんですー。私にはお姉ちゃんと違って人間のお友達がいませんし、出来ませんから』って言う始末……。しかもふざけて言うならまだ救いがあるんだけど、眼が笑ってなくて」
「それは……きついな」
 祐一は栞の言ったという言葉とその状況に絶句した。
 大師堂公園は南森大師の北にある大きな市立公園で、病気だった頃にそこの噴水でよく栞は一人でスケッチをしていた。
 そのことを踏まえての言葉なのだろうが、さすがに毒がきつすぎる。言われた方はたまったものではないだろう。
 と、そこまで言って、香里がかちゃりとカップを置いたかと思うと、
「ねえ……二人とも、あたし思うんだけど」
 うつむき加減になり、
「あの子……あたしのこと、恨んでるのかしら」
 今にも泣き出しそうな声でそう言い出したものだ。
「………!」
 この言葉に、祐一と名雪は凍りついた。
 香里がこんなことを言うのにはれっきとしたわけがある。
 昨年暮れ、栞が死病と診断されてから、香里は眼に入れても痛くないほどの妹の死を突きつけられた衝撃のために、何日も眠れなくなるほどの精神的苦痛を味わった。
 そこで追いつめられた彼女がとったのが、現実逃避であった。「自分に妹なんていない」とおのれを欺瞞し、さらに栞本人をも無視し続けたのである。
 だがそうしたところで栞がいなくなるわけでもないし、死病が消え去るわけでもない。
 それを名雪に指摘され、いさめられた香里は、ようやく自分の非を認めて栞と向き合う約束をしたのだという。
 結果的には栞が恢復し、彼女が一切を責めなかったことで、香里の行為は実質的に赦されたのだが、香里の中にはまだ過去の罪に対するしこりが残っている。
 栞に先のような毒を何度も突きつけられれば、自然と思考がそちらに向かうのも無理らしからぬ話だった。
 だが、そんな香里の説は、
「ちょっと待て、落ち着けよ。栞が治ってから、明日でもう二ヶ月になるんだぜ?態度がおかしくなった時点だって、もう既に一ヶ月過ぎてるだろうに。恨むなら、はなっからお前と和解なんかしないんじゃないのか?」
「そうだよ。香里と和解した後の栞ちゃん、恨みの『う』の字もなかったじゃない。そこから一月以上も経ってから恨みが起こるなんて、どう考えても不自然だよ。それはいくら何でも考えすぎじゃないの?」
 二人の言葉によって明確に否定された。
「う……」
 二人のもっともすぎる理屈に、香里は完全に固まってしまい、ややあって、
「……じゃ、どうやって解釈したらいいのよ」
 やっとそれだけ言った。
 それに対し、祐一はしばらく考え込んでいたが、
「あ、そういえば……大師堂公園で思い出したんだけどな。俺、ちょうど栞がおかしくなったっていう頃に、あいつをあそこで見かけたぜ」
 そんなことを言い出した。
「え、そうなの?栞はそんなこと言ってなかったけど……」
「そりゃそうだろ。俺は、単に後ろを通りかかっただけなんだから」
 祐一の語るところによると……。
 その日、祐一は友人の北川から借りたノートを返しに行っていた。
 その帰り、大師堂公園が近道だからとど真ん中を突っ切ることにし、公園の中心にある噴水の周りに築かれた築堤を歩いていた。
 その途中、噴水の前の腰掛けに座り込んで絵を描いている栞を見かけたのである。
 最初は声をかけようと思ったのだが、遠眼でスケッチブックを見た瞬間、祐一は声をかけるのをためらった。
 絵の稚拙さに驚いたのではない。栞の絵が絵になっておらず、抽象画のようなありさまなのは今に始まったことではないからだ。
 彼が驚いたのは、
「明らかに色がおかしい」
 という点であった。
 よく祐一はここでこうして栞のスケッチブックをのぞき見る機会があるのだが、その中身は一応公園の木立を描いているものらしく、緑や黄緑、茶色やこげ茶などのそれらしい色がうねうねと踊っているのが常である。
 だがその時は、どういうことか地が真紫に塗りつぶされており、そこに無造作に赤紫や青といった有り得ない色が乗せられていたのだ。
 さすがにこれには気味が悪くなり、祐一は栞に気づかれないようにその場を立ち去ったという。
「紫って……公園の中で絵を描いてるのに、何よそれ。大体、形を似せるのはてんで駄目でも、色くらい合わせられるもんでしょ」
 そうなのである。
 絵を描く場合、「形」は観察力と描画力を要するので人によってはとんでもないものが出来上がってしまうが、「色」は眼に入ってきたままを紙に落とせばいいので、正常な色覚さえあればあさっての方向――少なくとも全く別の系統の色――に行ってしまうことはまずない。
 いわんや色覚正常で、下手とはいえ画材に凝り最大三十六色を使いこなしているという栞が、色をここまで間違えることなどまず考えられないのだ。
 あるとすれば、
「故意に歪曲して描いているとしか考えられねえやな」
 これしかない。
「ええ……って、ちょっと待ってよ、相澤君」
 この言葉に、香里は完全に頭を抱えてしまった。
「もしかして、栞が精神的に不安定になってるってこと?」
「悪いが、あれを見る限り可能性はある。俺は精神科医でも心療内科医でもないから分からんが、精神状態を見る時、絵を描かせて診断する医者もいるって話だしな」
「確かに……それを言われると納得が行くわ。だって、普通じゃないもの……」
「とりあえず、恨みの線を考える前に、よく栞と話し合ってみなよ。なあに、仮に精神的なものでも、今はさして珍しいものでもないらしいしな。治りも早いし」
「そうだね。とりあえず、きちんと話さないことには始まらないよ」
 いつの間に食べていたのか、いちごサンデーの最後の一口を飲み込んだ名雪がそう言う。
「……分かったわ。まずはあたし自身が栞に対して動かないと駄目、ってことね」
「ま、そういうことだな。その上で駄目なようなら、また相談しに来いよ」
「香里、ふぁいと、だよっ」
「気が抜けるわねえ、相変わらず……」
 そんなことを言いながら席を立つ。
 先ほどの泣きそうな雰囲気と違い、少しは元気を取り戻したようである。
 そして、会計を終えて店を出た時である。
「えっ……し、栞!?」
 駅前通りに面した角に、「南森町道路元標」と書かれた巨大な石碑を背にして栞が立っていたのである。
「そんなに私がいるのが意外、お姉ちゃん?」
「い、いや、そういうわけじゃないのよ、ただ驚いただけで」
「し、栞、久しぶりだな」
「栞ちゃん、こんにちは」
 突然の栞の登場に戸惑いつつも、祐一と名雪も彼女にあいさつをする。
「何の話してたんです?どうせ、お姉ちゃんの写真うんちくでしょうけど」
「……いや、ま、まあね。うんちくってほどのもんじゃないけど」
「どうせ私が写真に転向してくれないとか、ぼやいてたんでしょうねえ」
「やあね、そんなことしてないわよ……」
 まるで自分をいらうような栞の口調に、香里はすっかり飲まれてしまっている。
 そして、唖然としている二人をよそに、香里の腕に自分の腕を絡ませると、
「じゃあ、一緒に帰ろ」
「え、ええ」
 ほとんど強引に引っ張って横断歩道を渡らせ、道路の向こう側にある乗合の停留所に連れて行ってしまったのである。
 ベージュの地に緑と朱の細かい帯をまとった、市内線の乗合が通り過ぎるまで、祐一と名雪は栞を止めようもなく立ちつくしていた。
 その沈黙を破ったのは、名雪だった。
「うそ……栞ちゃんが、あんなこと」
 かなり衝撃を受けたと言わんばかりに髪をかき上げる。
「ああ、確かにな。あんなすれっからした感じの栞なんて、正直栞じゃねえよ」
 祐一も同様に、頭が痛いと言わんばかりに道路元標の頂点に左手を置いて右手で額を押さえている。
 先ほどの栞の様子は、明らかに自分が知っているそれとは全く異なっていた。
 短いながら、言葉の中に香里に対する嫌味がにじみ出ていたし、何より栞自身の醸し出す雰囲気が、
「攻撃的で挑発的としか言えない……」
 のである。
 栞に限っておよそそんな言葉と未来永劫無縁だと思っていた二人にとって、その事実を突きつけられたことはあまりに衝撃的にすぎた。
「……とりあえず、俺たちも戻ろう。秋子さんも戻ってるだろうし、その上で対策を考えよう。こっちの計画にも響きかねないからな」
「うん……」
 不安そうにうなずく名雪の後ろで、上り電車の頭上の架線が小さくスパークした。



「うーん……座礁、ですねえ」
 翌日、栞についての報告を聞いた浦藻は、開口一番、長い髪の毛を困惑したようにかき上げながらそう言った。
 あれから帰宅した二人は、栞に起こっている奇妙な現象について秋子に相談した。
 実は秋子も以前、祐一と同じ頃に雪見町で美坂姉妹を見かけている。
 ただその時は、会話をよく聞いたわけでもなかったので、
(あら、じゃれあっちゃって……仲がいいのね)
 姉妹同士の戯れと解釈し、特に気にも留めていなかったという。
 だが二人の話を聞いて、
「そういえば、何だか香里ちゃん、本気で困ってたような……」
 あれが香里の言う栞の「異変」なのだろう、と認識を改めた。
 しかしいくら妖狐の世界では顔役といっても、自身は一介の主婦に過ぎない秋子にとって、それ以上の分析は不可能だった。
 例の異常な色づかいの点に注目して、精神医学面から推測を立てることも出来なくはないが、
「素人判断は危険なんですよね」
 この一言であっさり沙汰やみとなった。
 しかたなく、浦藻に話だけでもと投げた結果、返って来たのが先ほどの言葉だったのである。
「お兄ちゃん、感心してる場合じゃないでしょ」
「いや、感心してるんじゃなくてな……。ああ、困りましたね。悪霊のたぐいと分かっているのなら私の専門なんですが、本物の病気の可能性もあるとなると、うかつに手出しが出来ません」
 やはり浦藻も、秋子と同じく精神医学面からのアプローチという専門外の部分に引っかかってしまったようだ。
 それについては一同も同意見だったらしく、おのおの眉間にしわを寄せたり所在なげに頭をかいたりしている。
「……結局、香里がどうにかするのを待つしかないですかねえ」
 やはりこうなったか、という感じの声でそう言う祐一に、浦藻は、
「そういうことになりますね。それでもどうにも解決にならない、というのなら、恐らく私たちの管轄になりますから、その時点で来ていただくより他に……」
 はあ、とため息をつきながら答えた。
 隔靴掻痒、とはこのような状況のためにある言葉だろう。
 互いにあと一組、あと一人揃えば全てが先に進むのに、最後の最後でこんな難攻不落が待ち受けているとは……。
 その事実を突きつけられ、重苦しい雰囲気が場を支配していた時だ。
 浦藻が背にしている神籬(ひもろぎ)の奥から、ぱたぱたと誰かの足音が聞こえて来た。
 そしてしばらくして、闇の中から、妖狐側の難攻不落である橘樹慎司その人が、ひょっこりと顔を見せたものである。
「えっ……慎司君!?」
 突然の慎司の登場に、浦藻がびっくりして振り返ると、慎司は一同の存在を認めて足を止め、
「ちっ……」
 こちらまで聞こえるほどの鋭い舌打ちをした。
「ど、どうしたんだい?珍しいじゃないか」
 そういう浦藻の問いに対し、慎司はぎらりと怒りの視線を向けると、
「……族長にゃ関係ないでしょう。太占(ふとまに、卜占のこと)用に焼く石がなくなったんで拾いに来ただけですよ」
 吐き捨てるようにそう言った。
「それとも俺が、あんたに協力しに来たとでも思いましたか」
 嫌味をたっぷりとこめた口調でそう言う慎司に、
「……い、いや、そこまでは」
 浦藻がたじたじとなるのを見て、慎司は鼻で馬鹿にしたように嗤う。
 その姿を見て、
(気に入らねえやつだな、しかし)
 祐一は思わず渋面となった。
 そんな祐一をよそに、慎司は、
「まあついでだ、こないだはじっくり見られなかったんで、どんなのが集まってるか見るだけは見ても構いませんよ。ただ、見るだけですぜ」
 浦藻がうろたえているのをにやにやと眺めながら、小馬鹿にしたような口調を崩さずにそう言う。
「男一人に、女が秋子さんを抜いて一、二、三、四……五人か。いい身分だな、あんた」
 眼の前にいる祐一へ挑発をかける慎司に、祐一は、
「別に。前にも浦藻さんが言った通り、ただの偶然だ」
 むっとしながらもあおりに乗るまいと冷静な口調で答えた。
「ふうん……あんた、よほど男友達がいないんだな。さもなくばあれか、よほどのナンパ師か」
「下衆な勘繰り、どうもありがとうよ。友達や従姉妹がたまたま女だってことくらい、よくあるこったろ」
 「ナンパ師」呼ばわりにさすがにかちんと来たか、祐一は渋面から一気に相手を睨めつけにかかる。
 こうなると、祐一も元々が熱くなりやすい気質(たち)だけあって、売り言葉に買い言葉になりかねない。
 一触即発の状態の中、たまりかねたのか、いつもならこういう時に顔を出さない美汐が、
「落ち着いてください、祐一さん。……慎司さん、あなたもいくら腹が立っているとはいえ言い過ぎですよ」
 二人の間へ止めに入った。
 その言葉に祐一が黙って視線を慎司からそらしたのに対し、当の慎司は、
「……気安く呼ばないでもらいたいね。そういう君は、一体何者だ。まさかこいつの彼女じゃあるまいな」
 今度は美汐に突っかかって来る。
「祐一さんの彼女は真琴です。私は天野美汐、
祐一さんと真琴の親友です」
 ぶしつけな態度に眉根を寄せながらも、美汐は努めて冷静に答えた。
「ふうん、そうかい。……姓が『天野』ってことは、あの馬鹿族長の分家か?」
「ええ、そうです。浦藻さんが馬鹿というあなたの見解には、到底与(くみ)しかねますが」
「ふん、何も知らないくせによく言うよ」
 そう言って美汐を見下すような視線を向ける慎司に、美汐は、
「あなたがあの子を奪われたと、憤りを感じるのは勝手です。浦藻さんにそれをぶつけるのも、百歩譲ってまだよしとしましょう。ただ、それで気が済まないからと言ってそこいら中に当たり散らすのは筋違いでしょう。大人気ないと思わないんですか、自分で……」
 突き放すようにぴしぴしと言葉を投げつける。
 それに対し、慎司は、
「何だと、この……」
 怒りを面(おもて)に顕して言い返そうとしたが、すぐに、
「……『あの子』、だと?」
 何かに気づいたように怪訝な眼を向けて来た。
「……あッ」
 慎司の反応に、美汐がうっかり口を滑らせたのに気づいて口に手をやったが、もう遅い。
「……お前さん、何で令のことをそんな風に呼ぶ?」
 刺戟してはいけない状況だというのに、完全に刺戟してしまった。
 そのことを悟って答えに詰まっていると、慎司は考え込むような素振りとなり、
「そういや令の置き手紙に、自分が役に立ちたい人間の名前があったな……特徴的な名前だったんで憶えてるんだが……」
 記憶の糸をたぐり寄せ始めたかと思うと、すぐに、
「確か……『美汐』!」
 眼を見開いて叫ぶように言った。
「てえことは……」
 ゆっくりと慎司が、美汐の方に向き直る。
 みるみるうちに慎司の眼が針のごとく細くなり、眼光が鋭さを増すのが美汐にも分かった。
 そして次の瞬間、
「お前が……お前が令をたぶらかしたのか、この雌狐!!」
 慎司の空気をつんざくような、怒り狂った声が響いたものである。
「このっ……お前さえ、お前さえいなかったら……」
 そう言いながら美汐の肩をひっつかみ、殴りつけようとする慎司に、
「は、離してください!あの子が私のところに来たのには、わけがしっかりあるんです!」
 美汐がそう叫んで彼を引きはがそうとするが、この言葉が逆に刺戟してしまった。
「ふざけるな、言いわけなんざ聞きたくねえ!!どうせ言葉巧みにあいつを手なずけた口だろうが!!」
 慎司がそう激昂しながら怒鳴りつけた時だ。
「………!!」
 美汐の顔に一気に怒りの色が上ったかと思うと、ぱあんっ、とすさまじい音とともに慎司の左頬に張り手が飛んでいた。
 めったに怒らないだけに、怒りに声もないのだろう、不規則に息を上げる美汐に、
「この女(あま)!!」
 なおも慎司が襲いかかろうとする。
 だが、殴りかかろうと振りかぶった慎司の拳は、振り下ろされることはなかった。
「化身封印、四肢爪牙縛!!」
 後ろから浦藻の声が響いたかと思うと、そのまま慎司は狐になり、床に転がってしまったのである。
「えっ……!?」
 突然のことに驚く美汐と一同に、浦藻が、
「あ、危ないところでした……。まさかここまでの兇行に及ぶとは思わなかったので」
 冷や汗をだらだら流しながら言う。
「い、今のは?」
「強制的に人の姿を封印し、四肢と武器になる爪や牙を使えないように押さえつける術です。こうしないと、下手すれば美汐さんを殺しにかかりかねませんから」
「あ、ありがとうございます」
 そう説明する浦藻に、美汐は戸惑いながらも礼を言うと、床で四肢の自由を奪われてもがいている慎司を一瞥し、
「……すみません、危険を承知でお願いしたいのですが」
 浦藻に向き直ってそう言った。


 それから十分ほど後。
 妖狐の洞穴から斜め上に当たるものみの丘の西側斜面に、一同の姿を見出すことが出来る。
 洞穴から別の隧道を通り抜けた一同は、春も盛りとて草がざわざわとなびく中を、無言のまま行軍して行く。
 あれから、美汐は浦藻に、
「この分からず屋の方に、現地で事情を説明して聞かせたいので、真琴ともども同道願えませんか」
 そう切り出した。
 本来なら状況が状況だけに洞穴を全くの留守にするのはまずいのだが、美汐の眼の本気さ、そしてこのままでは引っ込みがつかないだろう彼女の気持ちを鑑みて、短時間なら、と承諾した。
 当然、浦藻も真琴も人間の姿では外に出られないので、狐の姿に化けて一緒の籠に入り、祐一が両手に持っている。
 そして肝心の慎司が入った籠は、先陣に立った美汐が手ずから携えていた。
 ややあって、丘の頂点、東斜面に向かう木立附近まで登りつめたところで、その足が止まった。
「ここです」
 ぽつり、とつぶやくように言い、美汐が眼の前を指差す。
 そこには、コンクリートの台座に埋まり四つの石に保護され、独特の字体で「二等三角點」と刻まれた小さな石碑があった。
 かたわらには、「建設省国土地理院」と書かれた白い標柱が立っている。
「こんなところに、三角点があったのか……木立に隠れて、今まで分からなかったな」
 三角点とは、明治以降地形図の作成にあたり、全国に設置された測量点を示す花崗岩製の標識で、その設置間隔により四等級に分かれる。
 三等以下はその辺の街中にもあるほどありふれているが、このように二等以上となるとなかなか見られるものではない。
 祐一の言葉に、美汐はこくりとうなずくと、
「ええ。実は、この二等三角点『物見』が、あの子と私が出会い、そして別れたところなんです」
 三角点の上に刻まれた十字を見つめながらそう言った。
「……私がここを知ったのは、小学二年生の遠足の時でした。地図を作るためのものだから、とても見晴らしのいいところにあるんだ、と教えられました」
 それ以来、この三角点のことは忘れるともなく忘れていたのであるが、ふとしたことからここを思い出すことになった。
 それが、小学四年生の時から始まったいじめだった。
「元々、私はあまり同級生とは溶け込まない……いや、溶け込めないところがありました。みなさんもご存知だと思いますが、私は趣味が歳相応とは言い難いところがあります。小学生の頃も、それは同じでして……実際、外で元気よく遊ぶよりも、大人向けの寺社仏閣や歴史の本を読んでいる方が性に合っていましたから。みなさん、さぞかし私を変人だと思っていたでしょう」
 確かにその通りである。
 大人の世界でも「趣味は人それぞれだ」と言いつつ、特定の趣味への偏見がまかり通っているのが現状なのだ。
 いわんや、人間として未成熟で自分の価値観を絶対視しがちな子供をや、である。
 特に小学生くらいでは、「外で遊ぶ」「みんなと一緒にいる」ことがほぼひとかどの小学生としての絶対前提条件のように、児童自身が考える傾向があるので余計だろう。
 美汐が同級生の間で「暗くてがり勉の子」というレッテルを貼られ、変人奇人扱いされるのに、さほど時間を要さなかった。
 それでも最初は、奇異の眼で見られて避けられる程度で、彼女は寂しく感じながらも「しかたがない」と割り切ることがまだ出来た。
 だが、そこを通り越して「いじめ」という形になって害がこちらに及べば話は別である。たちまちに美汐は精神的に追いつめられてしまった。
「……私が女だというのも、災いしたんでしょうね。あの歳くらいから、女の子はグループを作るようになるみたいなんです。それが寛容な代物ならともかく、子供の作るものですから……どうしても排他的でしてね。グループ同士のもめごとなんてしょっちゅう。ましてや私みたいに、入らない子、入れない子は下手すれば人非人扱いですよ」
「う……」
 美汐のあまりにも正確な言葉に、名雪が小声でうめいた。
 彼女自身は全く意識することなかったのだが、確かに小学校や中学校時代には自分を中心としたグループが出来ていたように思うし、一部のグループが互いに反目し合っているのを見かけたことも何度かある。
 中心の名雪がとてもおっとりしている以上、どう転んでもやましいことをするようなグループにはならなかったのだが、それでも美汐のニヒリスティックな言葉に当事者であったわけでもないのにちくり、と胸が痛む思いがした。
 話を元に戻そう。
 美汐が「グループ」について言及した通り、彼女に対するいじめはグループに属さず孤立していること、このことに集中した。
「今から思えば、絵に描いたように典型的ないじめでした。かばんや靴を隠される、大切な本には落書きされる。根も葉もない噂は流される、団体行動では仲間はずれにされる。恫喝されたり聞こえよがしに嫌味を言われる。……まあ、暴力沙汰に及ばれなかった分だけ、まだましだったとも言えますが」
「………」
 それだけされていれば充分ひどいはずなのに、淡々と物語る美汐に、一同はただ沈黙するしかなかった。
「そこへ来て、先日お話しした通り、学校がしらばくれを決め込みましたから……私に出来ることは、ただただ泣き寝入りでした」
 その時、美汐の脳裡をよぎったのが、あの日遠足で「とても見晴らしのいいところ」と教えられた、この三角点だった。
「ある日、学校の帰りに、私はこっそり丘の登り口からここへ登りました。小学生の足にはつらい坂でしたが、登りつめたその先にあった光景に、私は言葉を失いました」
 一面緑になびく草の原、木洩れ陽をこずえに抱く雑木林。眼下には南森の街並みが一望され、左に横たわる国鉄の線路を長々と走る貨物列車と、それと対照的にまるでおもちゃのように行き交う市電の電車。
 その雄大な風景が、ざわざわという木々のざわめきと、下から立ち上る街の遠い喧噪とともに広がっているのである。
 魅入られた美汐は、三角点の前に座り込んで、ただただ時の過ぎゆくままにいつまでもその風景を眺めていた。
そうすれば、
「何もかもが忘れられる気がした……」
 のである。
 そしてそれ以来、学校帰りにこの三角点の前で夕暮れまで過ごすのが美汐の日課となった。
 学校と登り口は近いので誰かに見られる危険性は充分にあったのだが、そこはうまく頭をはたらかせたもので、物見町の交叉点手前にある坂の途中、小学校側から歩いて来ると死角になるところに丘に通じる道があるのを発見し、そこから登るようになった。
「後ろを歩いていた人は驚いたでしょうね。地形のせいでちょっと見えなくなったうちに、前を歩いていた小学生が消えるんですから」
 そんなことが二年も続き、美汐もとうとう六年生となった。
「あと一年すれば、他の校区からの子も来るからまだましになる」
 そう思っていた矢先のことである。
「やはり簡単にそうは問屋が卸してくれなかったようで……組替えで、いじめがもっとひどくなったんです」
 隣の組に、五年生の頃転入して来た女子がいたのだが、その女子が彼女をいじめの標的にしたのである。
「その子はわがままなことで有名な鼻つまみ者でしてね。親が若い人で、ひどく甘やかして育てたらしいんです。何かあると『うちのママは社長よ』……まあ、久瀬さんの小学生女子版みたいなものだと思っていただければ分かりやすいかと。ただ、頭がどうしようもなく悪かった分だけ、久瀬さんの方がまだましとも言えなくもないですが」
 今でも相当に恨んでいるのだろう、美汐は珍しく攻撃的な口調でその女子のことを語った。
「最初はですね、知らなかったんですよ、鼻つまみ者だなんて。だからうっかり関係を持ってしまって……。友達がやっと出来たと脳天気に喜んでつき合っていたら、どうもおかしい。私が自転車を持って行けばぶん取って自分が乗ってしまうし、もう帰るから、と言い出すと時計を一時間遅らせて『ほら、まだ一時間あるよね』とか馬鹿なこと言い出しますし。さらにくだくだわけの分からない自分勝手な理屈……その、何と言うんですかね、いまだに支離滅裂すぎて理解出来ないしするつもりもないんですが、簡単に言えば『あたしはお嬢さまなんだから、女らしさを教えてあげる』みたいなことを言って私を振り回して。それで自分の思い通りにならないと恫喝……さすがに数ヶ月で距離を置くようになりましたが、一度つき合ったのが運の尽きというべきか、そのままその子にいじめられる羽目になりましてね」
「……うわ、眼の前にいたらぶん殴ってるな、俺なら確実に」
 美汐の語るあまりにも常識を逸脱した自称「お嬢さま」に、祐一が苦虫を噛み潰したような顔でいまいましげに言った。
 せっかく出来たと思った友達が、実は友達どころかとんでもない敵だったと悟った時の美汐の心は、ぼろぼろになってしまっていた。
 しかも最悪なことに、その女子――細江某女に、このお気に入りの場所も教えてしまったので、ここへ来て憂さを晴らすことも出来ない。
 美汐は、この女のために一時逃げ場所すらも奪われる事態になったのである。
 だが、日々続く執拗ないじめに、いつまでも耐えられるわけもなく、ついに彼女は細江に見つかる危険を冒して三角点へとやって来た。
「その時、ひょっこりと現れたのが、あの子だったんです」
 美汐は、狐姿の令を見てびっくりした。この丘に狐が棲み着いているとは聞いたことがあるが、本当に見たのは初めてだったからだ。
 三角点の保護石の横からこちらをのぞき見ている狐に、美汐はどうしたものか迷ったが、特に逃げる様子もないのでそのまま定位置に座り込んだ。
 座り込んだ瞬間、涙がぶわあっ、とあふれて来た。
 青い空がかすみ、眼前の街が見えなくなる。
 とその時、美汐は、頬に柔らかい肉球の感触をおぼえた。
「……え?」
 泣くのを止めて横を向くと、いつの間にかさっきの狐が、美汐のそばに来て頬に手を当てているのだ。
「泣かないで」
 まるでそう言うような素振りだった。
「慰めて……くれてるの?」
 その問いに、狐はこくこくとうなずく。
「ねえ、聞いて……くれるかな」
 そう言うと、美汐は狐を抱き上げ、今までのことをつぶさに話し始めた。
「それからです。私が、あの女に見つからないようにここへやって来て、あの子と話すようになったのは」
 その時の様子について、美汐は、
「真琴が消えた後の、私の様子を思い浮かべていただければ大体間違いはないかと」
 そう表現した。
 要は、充分に自分の胸中を語れる程度に心を開くようになったということであろう。
 そんな日々が十日ほど続いたある日のことだ。
 急に、友達になったあの狐が姿を消した。
 最初は動物のこととて、すぐに戻るだろうと楽観視していたが、二日待っても戻らないのにはさすがに不安になった。
 そして、狐が姿を消してから三日目。
 矢も楯もたまらず三角点へ駆けつけた美汐は、狐の代わりに三角点の標柱にもたれかかって気を失っていた少女を発見した。
「つまり、それが……」
「そうです、人間になったあの子だったんです。もちろん、その時はそんなことは分かりようもありませんでしたが」
 あまりに意外な展開に美汐はその場で凍りついたが、保護石で頭でも打ったらことだと、少女を揺り起こした。
 目覚めた少女は、ひとしきり周りを見渡した後、
「ここ……どこ?」
 やっとそれだけ言った。
 ものみの丘だ、と教えるが、どうもぴんと来ていないようである。
 少なくとも市民や周辺住民ならこの丘のことは知っているはずなので、県外の人間かと思ってどこから来たのか訊ねると、
「分からないの……あたし、どこから来たのかも、何でここにいるのかも」
 いよいよもって大変な答えが返って来た。
 どう見ても、
「記憶喪失としか思えない……」
 のである。
 実際、彼女が憶えていたのは「藤森令」という名前だけだった。
 どうしたものか困り果て、とりあえず自宅へ連れて帰って両親の指示をあおごうと丘を降り、物見町の交叉点にさしかかった時だ。
 交差点の向こうにある交通局の本庁舎から、珍しく父・治雄が出て来たのを見つけた。
 市電の運行を管理する軌道部の庁舎は市の北部・寮荘にあるので、ここにいることはめったにない。
 実はこの前の日、市電が寮荘の車庫で軽い脱線事故を起こしており、事故を起こした運転士以外に治雄たち巻き込まれた職員全員が本局に事情を訊かれていたのである。
 治雄には災難であったが、この時の美汐には都合がよかった。
 大急ぎで交叉点を渡り治雄をつかまえると、事情を話してどうするべきかを問う。
 その結果、
「警察に届けるしかないよ、これは」
 ということになり、近くの交番に届け出た。
 自分の手に余ると判断した巡査は本署に連絡、そのまま美汐と令、治雄は南森警察署で届けを出し、事情を訊かれた後、診察のため病院へ向かった。
 そして診察の結果、
「名前を除く全生活史健忘」
 と判断され、入院対応という話になりかけた。
 だが、これを令が拒絶した。なぜかとわけを訊いてみても、
「なぜだか分からないけど、嫌なの。それなら美汐のとこで一緒に暮らす」
 の一点張りである。
 これには医者、立ち会いの刑事、そして天野親子も困り果てたが、本人がそう言う以上、強制的に入院させることは無理である。
 後で知ったことだが、全生活史健忘、つまり完全な記憶喪失の場合、簡単に入院させてしまうと人権の面からも問題になるのだという。
 そのような判断がはたらいたのか警察が折れ、令は定期通院を条件に天野家に預けられることになった。
 幸い、治雄も母・汐路も令のことを歓迎した。何かと友達に恵まれない娘に、偶然が生んだ結果とはいえ本気での好意を持つ相手が現れたのだから、悪く思うわけもない。
 令もその好意に答えて、よく家の手伝いをし、美汐の話し相手にもなった。
 学校でのいじめの話をすると、令は開いた口がふさがらないという表情になった後、
「何よ、それ!そんなのをほっといて、何が学校よ!あたしが殴り込みかけてやる!」
 歯をぎりぎり言わせながら
激怒し、本気で小学校まで走って行かんばかりになった。
 さすがにそれをさせるわけにはいかないのであわてて止めたが、一方でそこまで自分のことを思ってくれる令に、美汐は深い好意を抱いた。
 浦藻から聞かされていた妖狐時代の令と随分性格が変わっているが、
「どうやら、そういうものみたいですね。真琴も元は頭の切れるいい子なのに、わがままな子供になっていましたし」
 それと一緒のことだろう、と美汐は言った。
 この三角点の前でも、大いに語り合った。
「美汐はもっと自信持っていいよ。仲間に入らないから、自分の思い通りにならないからいじめるなんて、小学生でも恥を知れって感じよ、あたしに言わせれば。そんな底の浅いのにびくついて、自分のいいところを殺しちゃ駄目。中国の古いことわざにさ、『燕雀いずくんぞ鴻鵠の心を知らんや』、くだけば『雀っころに何で白鳥の心が分かる』って言うしね。どこまで行ったって美汐に追いついて来れないやつらに、何が悲しくて足並み合わせてやんなきゃなんないのさ」
 そう力強く語った後、
「……まあ、あちらが実力行使で来るんなら、こっちも応じるまでだけどね。美汐はあたしが護る」
 不敵な表情でしゅっ、と拳を空間に躍らせる。
「令、気持ちはうれしいけど暴力は駄目よ」
「分かってるって。軽い冗談」
 そう言って朗らかに笑い合ったのを、美汐は今もよく憶えている。
「でもとてもうれしかったですね、ああ言ってくれた時は……。両親も慰めてはくれたのですが、ああいう気の迷いを晴らすようなことを言ったのはあの子が初めてでした」
 下手に美汐のことを娘としてよく知っているだけに、また当事者として学校との交渉に当たるなどしていたために、両親にはああいったことをすぱっと言えるだけの余裕がなかったのだろう、と美汐は語った。
「ですが、まさかその時は本当にひょうたんから駒が出るとは思いませんでしたよ」
「……どういうことだ?」
「あの子と、私をいじめていたのが鉢合わせしてしまったんです」
 美汐によると、事件が起こったのはこの会話から四日ほど後のことだった。
 いつもの通り、お気に入りの場所で令とくつろいでいた美汐は、草原の中を歩いて来る人影を見て、一瞬にして身を固くした。
 歩いて来たのが細江その人だったからである。
「天野さあん、最近つき合い悪いわねえ。そんなんじゃ、女として失格よ」
 愉しげにそう言う細江に、美汐は、
「い、いや別にそんなつもりじゃ……」
 答えにならない答えを返すのに精一杯だった。
「……美汐、何なの、この子?」
 本能的に敵と感じてか、警戒しながら言う令に、美汐が、
「……私をいじめている子」
 細江に聞こえないように小声で答える。
 しかししっかり聞こえてしまったのか、
「いじめるなんて人聞きの悪い。あたしは、天野さんに『女らしさ』を教えてあげてるだけよ」
 ぬけぬけと自己理論を展開した。
「……あのねえ、どう見てもそういう風には見えないんだけど。あんたの話も美汐から聞いたけどさ、嫌がってるのに無理矢理って、それこそいじめじゃないの。第一『教えてあげる』って、何様のつもりかしら」
 細江の発言にひるむことなく、令は美汐を背にしてぴしぴしと反駁する。
「お嬢さまのつもりよ」
 細江は令にそう答えたが、次の瞬間帰って来たのは、
「あは、悪い冗談はやめてよ。気の利いた返しをしたつもりだろうけど、雰囲気からして『お嬢さま』らしくない人が『お嬢さま』自称しても滑稽なだけだよ」
 令の失笑だった。
 その事実をえぐり出すような言い方に戸惑ったか、細江は、
「何よ、あたしのママは社長なのよ」
 切り札とばかりにこのせりふを繰り出した。
 だが、令は、
「それで?」
 涼しい顔で受け流した。
「え、だから、あたしのママは社長なの」
「それは分かったわよ。それがどうかしたの?」
 令の素早い切り返しに、細江が眼に見えてあせり始めた。
「だ、だから、社長なのよ!」
「あのね、会話をしてくれないかしら。あたしは、あんたの母親が社長なのが、一体あんたとなんの関係があるのかと言ってんの」
「うっ……」
 この手厳しい言葉に、さしもの細江女もつまった。
「その反応、答えられないと受け取っていいかしら」
「うう……」
 歯がみして睨めつける細江に、令は、
「ああ、馬鹿馬鹿しい。あんたの親がどこぞの社長様でどれだけのお力をお持ちか存じ上げないけどね、親が社長だって言っときゃみんな平伏するとでも思ってるわけ?おめでたい子ねえ。そもそもあんたは親の威を借りてるつもりでも、傍目から見れば借り損ねもいいところじゃない。張りぼてで人を驚かせたいなら学芸会の劇でやんなさいよ」
 その視線を一蹴し、とどめとばかりに畳みかけた。
「う、うう」
「それにあんた……他人をどうこう言う前に、自分の足許や周りを見た方がいいわよ。美汐が話してたわ、最近一番仲良かった子にも見捨てられたみたいだ、ってね」
「………」
 細江女、もはや言葉もない。
 そのまま細江はしばらくの間虚脱したように立ち尽くしていたが、やがてばっと身を翻すと、かすかな泣き声を上げながら丘を走り下りて行った。
「は、はは……いやあ、すっとした」
 細江が完全に姿を消したのを確認してから、呵
大笑する令に対し、美汐は、
「だ、大丈夫なの、令……また明日から、いじめられないかしら」
 後顧の憂いを心配する。
「大丈夫だと思うよ。さっき言った美汐の情報が確かなら、あいつはじきに孤立する。そもそも人望なんかあるようなやつじゃないでしょ」
 結果から言うと、令の予測は当たった。
 細江の率いていたグループは、中核の細江と幇間(たいこもち)役をしていた友人の反目により空中分解した。
 一人で組の中に放り出された細江は、何とかしてグループを作り直そうとしたものの、誰も相手にする者はいなかった。
 自分の周りを全く見なかったつけと言うべきか、彼女は自分で気づかないうちに孤立していたのである。
 四面楚歌の状況の中、「虞や虞や汝を如何せん」と垓下の歌を詠む相手もなく、細江は半ばやけとなって必死に自分をアッピールし続けた。
 しかしそれがかえって逆効果となり、彼女の迷惑行為が担任に知れるようになってたびたび叱られるようになった。
 それすらも同級生には「自業自得」と冷淡な視線で受け止められ、卒業まで細江はまるきり孤立状態であった。
 そして卒業後、まさか逃げたわけでもあるまいが、南森の中学校に進むことなくいずこかへと引っ越していったのである。
「何でも岐阜の方だとか……まあ、福島と岐阜じゃ顔を合わせる確率はほとんどありませんから、後腐れもありません」
「どうしてんだろな、そいつ?」
「さあ、知りませんよ。野垂れ死にでもしてるんじゃありませんか」
 祐一は、珍しく毒の強いことをさらりと言ってのけるあたりに、美汐の恨みの深さを見た気がした。
 それはともかく……。
 後顧の憂いに襲われずに済んだものの、美汐は喜ぶわけにはいかなかった。
 令に突如異変が起こり、それどころの騒ぎではなかったからである。
 まずあれだけ頭のよかった令が、新聞の字をなかなか読めなくなった。
 さらには箸を取り落としたり、階段の上り下りが難しくなったりと、身体機能面でも障害が出始めた。
 最初の約束通り通院を続けていたため、医者にも診てもらったが、
「うーん……健忘でこういう症状は有り得ないと思うんですが」
 首をひねるばかりだ。
 やがて、令は熱を出して寝込んだ。
 風邪だろうとは思ったが、天野一家は一連の不可解な症状に関係があるだろう、と踏んでいた。
「その時だったんです。令が急に妖狐時代の記憶を取り戻し、私に妖狐の人化について話し出したのは……」
 その言葉に、浦藻と真琴、そして慎司までもが一斉に美汐を見た。
「そんなことは有り得ないはずだ」
 というのだろう。
 確かに、真琴の事例や浦藻の説明を鑑みると、人化した妖狐は記憶を失ったまま精神崩壊するのが定石だ。
 それが記憶を取り戻したのは、まさに奇跡だったとしか言えないだろう。
 最初は一家も、令が自分を「ものみの丘に住む妖狐」と語ったのを簡単に信じることは出来なかった。熱にうなされた挙句の言葉ではないかと、彼女の精神を疑ったぐらいだ。
 だが、令が人化の前に美汐と過ごした際のことをつぶさに語るのを聞いて、ようやく彼女が嘘偽りを言っているのではないと悟った。
 そして聞かされた事実に、一家は愕然となった。
 人化した妖狐は、一ヶ月のうちに精神崩壊し、いかなる薬石をもってしても止められないこと。
 その崩壊の果てに、肉体も魂も残さず消えてしまうということ。
 そして恐らくこの熱が冷めた時が、自分がまともな状態でいられる最後だろうということ。
 苦しい息の下から、令は淡々と事実を述べた。
「嘘……嘘よね、令。嘘だって言ってよ……」
 あまりのことに、美汐はぺたりと座り込んでしまった。
 せっかく出来た親友、それも自分にはないものを持っている親友。
 それが心ごと壊れ、消えるという事実に耐えられようはずもない。
「ごめんね、美汐……ほんとのことなの。……それでね、美汐、お願いがあるの」
「……何?何でも言って、私、令のためなら何でもするから」
「そんな、大したことじゃないよ……あたしが消えるのは、次に熱が出て、冷めた翌日」
「………」
「その日にあたしを、美汐と初めて出会った三角点のところに連れて行って欲しいの」
「………」
「あそこは美汐との想い出の場所……そしてものみの丘は、あたしたちの故郷。せめて、消えるならそこで消えたいの」
「令……っ、分かった、分かったわ……絶対、天地神明に賭けてそうするから……」
 美汐は、令の手を両手で握りしめながら、そう誓った。
 それが、令が天野一家とまともに会話をした最後となった。
「その後は……真琴と、同じ状態だったと言えば、想像はつくでしょう」
 そして、月が明けた四月、ついに令は二度目の熱を出した。
 しゃべれなくなっても自分がとりつけた約束は憶えていたのだろう、熱が冷めた翌日、令は自ら美汐の手を引いてものみの丘へ出かけた。
 治雄はちょうど夜勤に当たったために抜けることもならず、代わりに汐路が同道した。
 丘に着いた美汐は、三角点の前に座って、自分の膝の中に令を寝そべらせた。
「ねえ、令。私、約束果たしたよ。お父さんは仕事が抜けられなくて来られなかったけど、お母さんが代わりにいるから」
 そう言う美汐を、令は完全に子供に戻ってしまった眼で眺めると、黙って手を伸ばし、三角点の標石をなぜた。
「そう、それが三角点。お役人にはただの地図作りの道具でも、私たちには大切な想い出の印」
「………」
「右から、『二等』。縦に、旧字体で『
三角點』。たとえお役所が二等と言おうと、私やお父さん、お母さんにとっては一等」
「………」
 そう言いながら、美汐は令の手の動きが次第に弱々しくなっているのに気づいていた。
「ねえ、令。もしこんなことにならなかったら、会津磐梯山を見せてあげたかったな。お母さんの、故郷から見えるんだよ」
「………」
「猪苗代湖も、若松の街並みも。みんなみんな、令に見せたかった……」
「………」
 ゆっくりと、令がうつらうつらし始め、躰が弛緩して行くのが分かる。
 今にも泣き出しそうになりながら、美汐は続けた。
「……ありがとう、令。あなたがいなくなっても、私は死ぬまであなたのこと、忘れないよ……ずっと、親友だからね」
 美汐がそう言った瞬間、令が完全に眼を閉じる。
「さよなら……令、さよなら」
 そして、令の躰が段々薄くなり始めたかと思うと、霧が散るように、その姿がかき消えた。
 美汐は、令を抱いていた手を虚しく空中に差し出していたが、やがて、激しい慟哭がその手のひらの中から漏れ出た。
 平成七年四月七日、藤森令、長逝。享年十三歳。
 その直後、仕業を終えて軌道部の庁舎に戻った治雄は、電話で汐路から令が消えたことを聞かされた。
「………!!」
 そのことを聞いた瞬間、答える言葉もなく、代わりにブレーキ・ハンドルが床にごとんっ、と落ちる音が受話器越しに聞こえたという。
「これが……私と、あの子との全てです」
 全てを話し終えた美汐は、まなじりに涙をためていた。
「慎司さん……あなたの言う通り、確かに私はあなたの大切な人を奪ってしまったということになるのでしょう。それについては、弁解しません。でも、決してあの子をたぶらかすような、汚い真似はしていません。この首を、この臓腑を、そして『天野美汐』という存在全てを賭けて誓います」
「………」
「慎司さん、それでもあなたは、私があの子をたぶらかしたと、そうおっしゃるんですか?」
「………」
 そう言って眼を凝と見つめられ、慎司は思わず眼をそらした。
 人間の眼から見ても、戸惑っているのがよく分かるほどである。
「こっちを向いてください。どうなんですか」
 そう言って、美汐が慎司の顔を両手で押さえ、自分の方へ向けさせたときである。
「あら、天野さん……そんなことしたら、かわいそうじゃないですか」
 一同の向こう、登攀道(とはんどう)の方から、突然そんな声が響いて来たものだ。



「まあそれはおいておいて……感動的なお話でした。まるでドラマみたいですね」
 一斉に振り向いた一同の眼の前で、栞がそんなことを言う。
 さすがに思ってもみなかった人物の登場に、祐一も驚かざるを得なかった。
 なぜ、栞が自宅からかなり離れたこの丘にいるというのか。偶然にしても、あまりに不自然だ。
 しかも、美汐が悲しい記憶を掘り起こして一生懸命話していたのを、茶化すようにも取れるせりふも面妖である。
 と、その時、
登攀道の方から荒い息づかいが聞こえた来たかと思うと、
「……ま、待って、栞……な、何なのよ、いきなりこんなところに……」
 息も絶え絶えになりながら香里が顔を見せた。
「おおい、香里!どうしたんだ、そんな息切らせて」
 祐一が手を挙げて呼びかけると、香里はよたよたとこちらへ歩いて来て、前かがみになってぜえぜえとひとしきり息を切らせた。
 そして玉のような汗を拭き、ごくりとつばを飲み込むと、
「……ど、どうしたもこうしたもないわよ。栞とじっくり話そうと思って大師堂公園でつかまえたら、のらりくらりと逃げられて……挙句の果てに途中から走り出して、追っかけて行ったらだーっとこの丘を登り出すし……しかたなく、あたしも無理して走りで登って来たわけ」
 かすれた声で一気に答えた。
 そんな香里に、
「だってお姉ちゃん、しつこいんだもん。何かあったのか、躰はおかしくないかって。もう大丈夫だってお医者さんが言ってるのに……やれやれ、妹離れ出来ないのも困っちゃう」
「ちょっと栞……それはないでしょ……」
 どこか毒を含んだ言葉を投げかける栞に、香里が困惑したように言い返す。
 やはりどこかおかしい。栞の物言いは言わずもがな、「走って登って来た」というのが気にかかる。
 健康になったと言っても元は半病人、さらに死にかけた人間が、健康な人間ですら歩いて登っても息を切らす登攀道を、走って登ることなど出来るだろうか。
 どう考えても、普通は有り得ないことである。
 祐一はこの事態を解釈しかねて困り果ててしまい、姉妹のやり取りをただ見ていることだけしか出来なかった。
 だが、その時である。
 祐一の脳裡を、さっきの栞の発言がよぎった。
 そして次の瞬間、詰(きっ)と顔を引き締めたかと思うと、
「……美汐。浦藻さんたち連れて、洞穴の中に戻ってくれないか」
「え、ど、どうしてですか?」
「説明は後だ。浦藻さんたちが人間の姿に戻っていてくれないと、やばい事態かも知れないんでね」
「わ、分かりました」
 きびきびとした指示に気圧され、美汐はそのまま洞穴への抜け道へ姿を消した。
「……どうしたんです?急に」
 その姿を見て、きょとんとした様子でそう言う栞に、祐一は鋭い視線を向けると、
「栞……お前、何かに憑かれてるな?」
 いきなりそう言ったものだ。
 この突拍子もない発言に、栞は一瞬唖然としたものの、
「祐一さん、嫌ですね……何を言い出すんですか」
 くすくすと笑い出した。
 だが祐一は、その笑いも意に介さず、
「じゃあ何で、お前が美汐のことを知ってるんだ」
 ずばりと言ってのけた。
「え、それは、同じ組だからですけど」
「そうかも知れないな。だが、栞はこの丸一年間休学のはずだ。休学している人間が、どうやって同級生の顔を知るっていうんだ?」
 このことである。
 先ほど丘に登って来た時、栞は美汐を認めて「天野さん」と呼んだ。
 そうしたということは、名前と顔が一致するほどに彼女を見知っているということにほかならない。
 だが実際には、祐一の述べた通り栞は高校に入るなりすぐに休学している。
 美坂家が西の郊外・今宮にある以上、栞が外で美汐と顔を合わせる可能性は低いし、知り合いになる可能性は当時の美汐の友人に対する考え方を鑑みるともっと低い。
 明らかに矛盾している。そのことを悟った祐一は、殺生石の手先の可能性を考えて浦藻たちを戻したのだ。
「う……」
 祐一の指摘に、栞は案の定つまった。
「どうだ、答えられまい?」
「ちょ、ちょっと、相澤君……一体何なのよ」
「香里、栞からなるべく離れながらこっちに来い」
「え、どうして」
「いいから!」
 珍しく自分に対して強い口調で打って出た祐一に、香里は反射的にこちらへ向けて走り出そうとした。
 その時である。
「……えいっ」
「きゃっ!!」
 いきなり栞が香里に追いすがったかと思うと、足をかけて彼女をすっ転ばしたものだ。
「香里!!」
 そう祐一が叫ぶと同時に、栞が、
「まったく、手のかかる……」
 低い声でそうつぶやく。
 眼の色が変わっている。明らかに、通常の状態では有り得なかった。
 そして、香里の背中を踏みつけにしようとする栞に、とっさに舞が走った。
「……鋭っ!」
 剣を振るう時と同じ気合で栞の肩に手刀を入れて押し倒し、そのすきに、
「……早く!」
 香里を引きずるように立たせて祐一たちのところまで走って来た。
「一体、一体何がどうなってるのよ……!?」
 理解を超えた出来事の連続に、香里はほとんどパニックになりかかっている。
 その香里の肩を揺すり、
「香里、よく聞け。今の栞は危険だ。俺たちが何とかするから、お前は後ろに隠れてろ」
 祐一がそう言い聞かせて、有無を言わさず一同の後ろへ追いやる。
 と、いつ立ち上がったのか、
「祐一さん、お姉ちゃんを口説こうたって無駄ですよ。鉄の女ですからね」
 栞が口を切った。
「というより、祐一さんには真琴さんという立派な彼女がいるんですよね?それなのに口説こうなんて……」
 そう言うと、栞はおもむろに右手を胸の前で横に構え、
「そんなことする人……嫌いですっ!」
 一気に斜め前へ振り払うように動かした。
 その瞬間、空気がひゅうんっ、とうなり、何ものかが祐一たちの頭上を通り抜ける。
「なっ……!」
 祐一は一瞬何が起こったか分からなかったが、やがてはらりと髪の毛が落ちてくるのを見て、栞が何をしたのか悟った。
「かまいたちだと!?」
 このことである。
 何と栞は、腕から鎌のような形をした鋭利な妖気の塊を現出し、それを投げつけて来たのだ。
 怪奇ものの漫画などでよく出て来る妖怪の、「かまいたち」の攻撃法そのものと言うべきだろう。
 自然現象のかまいたちにはほとんど害はないが、この場合は凶器を無限に投げつけて来るのでしゃれにならない。食らえば躰は切り裂かれようし、下手をすれば死に直結する。
 さらにこの手の飛び道具は遊撃でさまざまな方向から攻撃が出来るので、一人で多数を翻弄することも可能である。
 もはや栞が人外のもの、恐らくは殺生石の手先に憑かれていることは明白だったが、もはやそれどころの話ではない。
 厄介な上に兇暴――それを理解した時、祐一はおのれの顔から血が引くのを感じた。
「くそっ……」
 そうしている間に、栞はかまいたちを四方八方に放ち始める。
「きゃあっ……!」
「いやあっ……!」
 後ろから、名雪と佐祐理の悲鳴が同時に聞こえる。
 振り向くと、やはり髪の毛がはらりと宙に舞っている。
 一方、舞は既に神剣を抜いて構えているが、相手に近づけないため完全に二の足を踏んだ状態となっている。
 香里は完全に虚脱状態となり、ただ祐一の背中に隠れているばかりだ。
「うふふふ……」
 栞は心底愉しくてしかたないという顔で笑いながら、じりじりと近づいて来る。
 そして、また連続で三発かまいたちを放つ。
「うぐぅっ!」
 当たったわけではないが、おびえきったあゆの声が響く。
 威力はありそうなのにさっきからまともに当てていないところを見ると、まずは精神的にこちらを消耗させようという肚(はら)なのだろう。
 と、その時だ。
「あ、相澤君、い、一体……」
 緊張にたまりかねたのか、香里が祐一の後ろから顔を出した、その瞬間である。
「……えい」
 栞が静かにつぶやくと、何と香里の腕目がけてかまいたちを放った。
「………!!」
 いきなり当てに来た栞に、祐一は香里をかばうことも出来ずに硬直した。
 が、当たるかと思った時、
「……鋭っ!」
 舞が横合いから神剣を突き出し、かまいたちを弾いた。
「なっ……弾いた、のか!?」
「……よかった、思った通りの効果があって」
 そう言って舞は、祐一の前に再び立つ。
 どうやら、直接相手に斬りかかれないなら、攻撃を弾いてしまえばよいという結論に達したらしい。
 だが、いつも「魔物」を直接剣で斬っていた舞にとって、こういう攻撃の防ぎ方は全く経験がないらしく、傍目から見ても冷静さを欠いている。
「くっ」
 突然攻撃を弾かれたことに驚いてか、一瞬栞はひるんだが、すぐに持ち直してかまいたちを放つ。
「……哈(は)っ、
哈っ!哈っ!」
 右へ左へ放たれるかまいたちを、舞は左右に跳び回りながら、剣を何とか振り回して弾き返す。

 しかし、弾き返したところで無限に弾を持つ栞が攻撃をやめるわけもない。それどころか、だんだんと数が多くなって来た。
 いくら
運動能力の高い舞が相手をしているといっても、これではきりがないのは明白だった。
 だが、それでも時間稼ぎにはなっていたらしい。
「……祐一さん!ここだと不利です、結界の強い洞穴へ誘い込んでください」
 その声に眼だけで後ろを向くと、名雪や佐祐理、あゆの姿はなく、秋子が抜け道へ入って行くのが見えた。
「えっ……袋の鼠になるなんてことはないんですか!?」
「やるしかありません、少しでも有利に持ち込むためには」
「分かりました!」
 その間にも、栞のかまいたちはひゅんひゅん飛んで来た。
 舞はその動きに翻弄され、眼に見えて息が上がり始めている。
「うふふふ、いつまで持つでしょうかねえ」
 自分の有利を確信して、栞が再び不敵な笑みを浮かべる。
 祐一は、その姿に歯がみした。
 ただでさえ今の自分は足手まといで、舞にしんがりをまかせて一旦香里と洞穴へ退却するしかないのに、最前線に出過ぎていてそれもかなわない。
(畜生……)
 自分の間の悪さに、祐一が唇を噛んだ時だ。
「栞ちゃん、少し悪さが過ぎるんじゃないかな」
 栞のすぐ後ろから声が響いたかと思うと、そこにあゆの姿が現れたものである。
「………!?」
 これに、栞がひるんだ。逃げたはずの人間に、後ろを取られたと思ったのだろう。
「……今だ!」
 栞があゆに気を取られているのに気づいた祐一は、舞に声をかける。
 その声に、舞は、
「……え、鋭」
 栞に斬りかかろうとしたが、腰から砕け落ちる。
「くそっ……退却だ、舞!」
「……わ、分かった」
 その祐一の声に従い、力を振り絞って二人とも抜け道へ駆け出した。


 抜け道を転げ落ちるように降り、神籬の前へ到着すると、既に秋子・名雪・美汐・佐祐理の非戦闘要員は強い結界を張られた社務所に避難していた。
 そして神籬の前では浦藻がたすきがけで神剣を構え、真琴が背後でやはりたすきがけをして護身用の小刀を携えている。
 慎司はというと、神籬の横、目立たないところにただ棒立ちに立っているだけだった。
(この男は……っ)
 非常時というのに支援する気すら見せない慎司に、祐一は激怒したが、今は彼に構っている暇はない。
「浦藻さん、あゆの奇策に救われましたが、もう栞がここへ来るのは時間の問題です。……とりあえず、香里を」
 そう手短に報告し、香里を浦藻に引き渡す。
「相澤君、ここって……」
「いいから、今はこの中に避難してろ。その代わり、栞は俺たちが何とかするから」
 そう言って、半ば強制的に社務所の中へ香里を放り込む。
 それを尻目に、祐一は浦藻から神剣を受け取ると、一気に抜いて構える。
 さすがと言うべきか、舞は少しの間ではあるが攻撃にさらされなくなったこと、水を口にしたことでどうにか立ち直り、しゃんと構えている。
「……祐一さん、舞さん。ここに入って来れば、栞さんのかまいたちも減衰を起こして連発は出来なくなります。私たちも術で対抗しますので、全て弾ききる必要はありません。少しくらい後ろへ逃がしても構わないというくらいの気持ちでいてください」
 後ろから、浦藻がそう注意する。
 と、次の瞬間。
 いきなり抜け道の方から、かまいたちが飛んで来た。
「き、来た!」
 祐一は、その奇襲を眼前に剣を立てて防ぐ。
 がきいん、という音とともにかまいたちが消えると、刀身の向こうに栞の小振りな躰が見えた。
 いつもならばかわいげのあるその姿が、今は殺傷に快楽を見出す兇悪な鬼と化しているのが、見ただけで分かる。
 そんな祐一たちの恐れをあざ笑うかのように、栞はかまいたちを再び数発放った。
 ところが、そこで異変が起こった。
 一発目と二発目はまともに出たものの、三発目は不発、四発目はこちらに到達する間もなく消滅してしまった。
 どうやら、本当にこの中では浦藻の言う通りに術が減衰するらしい。
 突然技が思うように出なくなったために、栞はやきもきとして何度もかまいたちを放つが、結果は半分以上不発、出たものも全て前衛の二人が弾ききった。
(これは、行けるか……?)
 千載一遇のチャンスと、祐一が思った時だ。
 栞が、
「はああっ!」
 思い切り叫んだかと思うと、上体をのけぞらせてかまいたちを放った。
 今度も減衰するかと思ったが、勝手が違った。
 いや、減衰を起こしたには違いないのであるが、放たれたかまいたちの大きさが桁違いに大きかった。
「げえっ……」
 ほとんど地上並みか、それ以上の大きさで飛んで来るかまいたちに、半ば油断していた祐一は不意を衝かれた形になり、思わず躱(かわ)してしまった。
「……祐一!!」
 そこに舞が飛び込み、辛うじて弾き飛ばすが、剣へ衝撃が走ったらしく顔をしかめた。
「くそ、どうせ減るなら元をでかくすればいい、って理屈か」
 そう言って歯がみしながら振り返ると、浦藻が前に進み出て来た。
「浦藻さん……?」
「まずいです、今のは……弾いた時に拡散した妖気に、生気が混じっています」
「そ、それって……」
「栞さんの命を削って術を出しているということ……危ない!!」
 そう叫ぶと、浦藻は、
「帯妖摧魔(たいようざいま)!!」
 術名を唱え、剣でかまいたちを斬り裂いた後、一部を野球の球を打ち返すように栞の方へ返した。
 斬り飛ばされ返されたかまいたちは、栞のすぐ横に突き刺さる。
「行けたか……?」
 浦藻がひとりごちるが、栞は少しよろけただけで立ち直った。
「くうっ……衝撃で倒れてくれればよかったのですが、駄目でしたか。これは予想以上に、危険です」
 それを見て悔しげな顔を浮かべてそう言い、
「ああ……真琴だけじゃなくて、もう一人でもいいから支援があれば」
 苦渋の顔つきとなった。
 だが、その「もう一人」は、これだけの状態になっているにもかかわらず全くの無反応である。
 真琴が汗を流しながら支援用と思われる術式を唱えているのと全く対照的で、さすがにいら立ったのか、術式の切れ目に何か慎司に悪態をついていた。
「……期待出来ないでしょう。ともかく、俺たちだけで何とかしないと」
「いえ、これ以上は人間の方には危険です。とにかく、栞さんの命を削らせないよう、かまいたちの放出を防ぐ必要がありますから……これ以上は、術が必要になります。お二人は後衛に回って、来た時だけかまいたちを弾いてください」
 そう言うと、浦藻は自ら前衛に立ち、剣を横に構えて術式を唱え始めた。
 その瞬間、栞の躰が凍りついたが、すぐにかまいたちを放とうと動き出す。
 だが、その体勢がぎごちないことに、祐一は気づいた。
「えいっ……!」
 果たして、かまいたちは飛んだ。
 ところがさっきのものほど大きなものは飛ばず、浦藻の剣に弾かれて余波だけが祐一たちに来る。
「よし、とりあえずは成功」
 浦藻がそうつぶやく。
「……何をしたんです?一応かまいたちが、飛んで来ましたが」
「栞さんの躰に術をかけ、体力だけを消耗するようにしました。こうすれば、かまいたちを放っても命が削れない代わりに、放てば放つほど体力が減退して行きます」
「じゃあ、安全な方法で栞を消耗させてしまおうと」
「そういうことです……来ましたよ!!」
 再びかまいたちが飛ぶが、今度は一気に浦藻がかき消して余波すら残さない。
 どうやら浦藻の言う通り、元々体力のない栞は命を削ることが出来なくなった時点で大きなエネルギー源を失い、次第に消耗して行っているようだ。
「舞、あまり疲れさせてもかわいそうだ。早く決着つけてやろうぜ」
 決定的な策の登場に、祐一が思わず軽い口調で舞に言った時だ。
「……くっ、この……かくなる上は」
 栞がうめき、何やら口の中でぶつぶつと唱え始めた。
「………!?まさか!?」
 それに聞き耳を立てたのか、ぴくぴくと耳を動かした浦藻が、驚いたように叫び、
「祐一さん、舞さん!!下がってください、真琴のいるあたりまで!!」
 珍しく尻尾を逆立てて二人に怒鳴った。
 それに驚いて二人が飛びしさると、栞はいきなり手のひらを向けたまま空中で腕を交叉させ、そのまま左右に開いた。
 そして次の瞬間、栞の前に鏡のような物体が現れたかと思うと、そこから巨大なかまいたちが飛んできたものである。
 これは何とか浦藻が減衰させ、二人が余波を弾いたが、あまりの衝撃に二人とも手のひらにじいん、と痛みをおぼえる。
「な、何なんですか、ありゃあ!」
「うかつでした……まさか、あんな掟破りの術を使って来るとは」
 浦藻によると、あの鏡のようなものは一種の増幅器で、弱い妖力を一気に強くする働きがあるのだという。
 だが、その増幅率が桁外れに大きく、音声で言うなら、
「ささやき声を市内に響くほど大きくするのに等しい……」
 のだという。
 これによってごくわずかな妖力で大技を使うことが出来るようになるわけだが、当然こんな極端な術がそう使われるわけもない。
 理由は単純である。常識外れな増幅をかけるため、躰に大きな負担がかかるからだ。
 工学の世界でもこんな無茶苦茶な増幅をやったら、増幅器自体が吹っ飛ぶことだろう。
 それを考えれば、浦藻の「掟破り」発言も納得出来ようものだ。
「くそっ……これじゃ、体力を奪うどころの騒ぎじゃない!!こっちが先に消耗しちまう!!」
 祐一がそう叫ぶ横で、浦藻が対抗する術式を唱え、真琴が倒れそうになりながら支援を続ける。
 が、栞は再び先ほどの鏡面を張ると、一気にかまいたちを放った。
 ここで、浦藻がよろけた。さすがに先ほどの衝撃が大きすぎたのだろう。
 その結果、浦藻はかまいたちを減衰し損ね、押されて一気に後ろまでずり下がった。
 地面に足が食い込み、じゃりじゃりと嫌な音を立てる。
 そして、減衰不充分のかまいたちが二人を容赦なく襲い、剣の柄が手のひらに思い切り食い込む。
 ついに祐一の手から、血が噴き出した。
 かまいたちが通り過ぎた後、立っていたのは浦藻のみで、二人は完全に倒れていた。
 真琴も砂塵と衝撃を思い切り食らい、左半身を押さえている。
 祐一たちが一気に劣勢となったのを見て、栞はにやりと笑うと、こちらへ悠然と歩いて来る。
 そして、
「これで……終わり」
 そう言うと、みたび巨大かまいたちを放った。
 浦藻は何か術式を唱えていたが、眼の前で唐突に放たれたかまいたちを減衰する方を優先した。
 今度は減衰に成功したが、放たれた距離が近すぎて減衰率が低く、しかも栞が偏って放ったために、かまいたちは大きなままで祐一の方へ向かって行く。
 だが、祐一は先ほどのけがのせいで剣を振るえない。
「うわあっ……」
 祐一の魂消るような叫び声が上がる。
 が、次の瞬間、浦藻が祐一を突き飛ばしてかまいたちの及ばないところへ追いやったかと思うと、そこに立ってかまいたちを弾き飛ばす。
 余波が社務所横の石室にぶつかり、扉の代わりに置いてあった岩がその場で崩れ落ちた。
「えっ……お兄ちゃん!?」
 砂塵が収まった後、浦藻の方を見た真琴が驚いたような声を上げた。
 何と浦藻は、ことここに至るまでサボタージュを決め込んでいた慎司をかばうように立っていたからだ。
「慎司君、大丈夫か!!」
「………」
 叫ぶ浦藻に対し、慎司は黙ったまま下を向いてしまった。露骨な祐一の舌打ちが飛んだが、それを気にする風もない。
 しかし、慎司を救ったからといって、圧倒的劣勢は変わらない。
 栞は、四度目のかまいたちを放ちにかかった。
 大急ぎで、浦藻が剣を構え、術式を唱え始める。
 しかし、ここまで追いつめられてしまっては、さしもの神剣も減衰しきれないだろう。
 絶望的な雰囲気の中、ついにかまいたちは放たれた。
 が、次の瞬間、異変が起きた。
 かまいたちが浦藻の神剣に吸い込まれたかと思うと、そのまま一気に光となって栞を襲ったものである。
「えっ……!?」
 突然の事態に三人が声を上げた直後、栞の方にも異変が起こった。
 何と、それまで不敵な表情で傲然と立っていた栞が、のどをかきむしって苦しみ出したのだ。
「……舞さん、今です!!」
 浦藻のかけ声とともに、舞が栞に追いすがり、
「……鋭っ!!」
 袈裟懸けに斬り捨てた。
「むうん……」
 肩から腹にかけて光を放ちながら、栞は小さく声を上げてゆっくりと地に倒れる。
「……よ、ようやく、ようやく斬れたか……しかし、さっきのは一体?」
 そう言って祐一が浦藻を振り返ると、彼は、
「ええ、どんな妖力でも呪物に吸い込ませて自分の力に変換するという、妖狐の術でも最大級の大技でして……でも、私は途中までしか術式を唱えられなかったのに」
「えっ……」
「しかもあれは、神職か神職家に相当する力の持ち主でないと使えない術のはず……」
 そこまで言って、浦藻ははっとなり、
「まさか……慎司君が足りない分を唱えてくれたのか?」
 所在なげに立っている慎司に問うた。
 しかし慎司はそれに対し、
「………」
 眼をそらして無言で通した。
「ちょっと慎司!!あんた、ものしゃべれるんでしょ?答えなさいよぅっ!!」
 そう言って真琴が抗議するが、慎司はなおも答えない。
 一方その後ろでは、避難組が社務所から出て来ていた。
 香里はあの激戦の中で全てを聞かされたらしく、特にこの状況に戸惑うこともなく栞を抱きかかえている。
 と、その時、栞が眼を覚ました。
「うん……お姉、ちゃん……?」
「栞!!よかった、無事だったのね……あまりにすごいことになってたから、心配だったのよ!!」
「え?な、何なの、ここ?私、いつの間にこんな洞穴へ……」
「よかった……私の知ってる栞に戻ってる……よかった……」
「え、お姉ちゃん、どういうこと?ちょっと、泣かないで……」
 すっかり毒がなくなり、元に戻った妹を見てうれし涙を流す香里に、何が何だか分からないという感じの栞の声が聞こえて来る。
 こちらの方は、とりあえず問題はないようだ。
 だが、祐一が視線を前へ向け直すと、そこにはうつむいている慎司を責める真琴と、それを懸命に止める浦藻の姿があった。
 真琴はやれ何とか言えだの、やれ一体何のつもりだだのと激昂していたが、慎司はそれを無視して、
「これは……?」
 やっと、それだけ言った。
 見れば、先ほどかまいたちの余波が直撃して岩が崩れ落ちた石室を、慎司がのぞき込んでいる。
「………?」
 唐突な問いに、一同が一斉に石室をのぞく。
 そこには、棚に大量の巻物が納められていた。
 いや、ただの巻物ではない。題簽(だいせん)に、「妙法蓮華経」と書かれている。
「これは……写経?」
 そう言いつつ、慎司が真ん中にあった机の上で、ゆっくりと経巻を開いて行く。
 そして、その手が一番最後まで巻き取った時、
「………!!」
 その口から、声にならない叫びが上がった。
 そこには、「奉爲藤森令精靈廻向」
天野浦藻謹寫」とはっきりと書かれていたのである。
 つまりこの中にある写経は、浦藻が令の菩提を弔うために手ずから書いたものだということである。
 さらに、棚を見ていた慎司は、信じられない題名の経巻を発見した。
「『大般若波羅蜜多経』……あの膨大な経典を」
 大般若波羅蜜多経は「大般若経」とも称し、現在の仏教の主流である大乗仏教の根本思想である「般若」「空」を説く経典群を集めたもので、その巻数六百巻余りに上る。
 密教や禅宗では極めて重視し定期的に法事で使用するが、読誦には長すぎるため、折本をぱらぱらとめくって読んだことにする「転読」で済ますほどなのだ。
 それを写経しようとは、どう見ても並の覚悟ではない。
 さらによく見れば、石室の奥には大日如来像を中心に燭台・線香立て・花立てなど仏具が置かれている。
「……もしかして、族長、あんた」
 浦藻の方を向いて問いかける慎司に、浦藻に代わって真琴が答えた。
「……見たまんまよ。お兄ちゃん、令が人化して消えた責任を感じて、せめて供養したいとずっと写経を続けていたのよ。それが自分に出来る唯一の贖罪だと、ね」
「……でも、ここまでしているなら、なぜ一言も」
「言うわけないでしょ……自分が善行してますよ、なんて自分で宣伝してどうすんの。それに責任を背負う以上、あんたの恨みを受けるのがむしろ自分の使命だと、そこまで言っていたのよ、お兄ちゃんは……」
「………」
 慎司は、もはや言葉もなかった。
 浦藻は令のことに対して、何もしなかったわけではなかった。それどころか、自分が出来ることをと、いつ終わるとも知れない写経によって彼女を供養しようとしている。
 それに対し自分は何をしたか。ただひたすらに浦藻を恨み続けるだけで、いつしか令の菩提を弔うことすら忘れていたではないか……。
「……ううっ……」
 自責、悔恨、慚愧、さまざまな感情に一気に襲われ、慎司は石室の壁に手を置いて涙を流し始めた。
 止まることなき彼の涙に、粉々に砕けた岩の破片に水滴がたばしる。
「……真琴。しばらく、一人にしてあげなさい。後は、慎司君自身が決めることだ」
 そう言うと、浦藻は真琴を促して石室の外に出た。
 それに従って石室を離れる一同の後ろから、やがて押し殺すような泣き声が聞こえて来る。
 それを浦藻は一度だけ振り返ったが、すぐに向き直り、
「さて……随分派手にやられてしまいましたからね。後で、妖気を祓っておかないと」
 洞穴全体を見渡してそう言った。
 その時である。
「……うっ」
 秋子がうめくような声を上げたかと思うと、そのまま膝を突いて前のめりに倒れ込んだものである。
「秋子さん!?」
 突然の出来事に、一同の叫び声が洞穴の中にこだました。


 安堵の空気に包まれていた洞穴は、秋子の発病によって一転緊迫した空気となった。
 社務所に床が敷き述べられ、一旦秋子はそこに寝かされることになった。
 急に意識を失ったため、最初は脳溢血などの重篤な病気かと思われた。
 しかし、熱を測ってみるとすさまじい発熱で、どう見てもそのような病気とは思えない。
 さりとて、過労などによる風邪や体調不良でかたづけるには、あまりにも急激で不自然な発症のしかたであった。
 これを見て、浦藻が厳しい顔つきとなった。そして、
「すみません、香里さん。少々お訊ねしたいことがあるのですが……」
 香里と栞に向き直ってそう言う。
「え?何ですか?」
「栞さんの病は、現代医学の方ではどこが悪いと診断されました?」
「え、あ、ええと……心臓だと、赤十字病院の先生が。でも、それとこの状況にどんな関係が?」
「それは今明かします。……真琴、ちょっと」
 浦藻はそう言って真琴を呼ぶと、
「私たち男が向こうを向いているすきに、この符の紙を栞さんの左胸、心臓の真上へ押しつけて、謄写術を唱えてくれ」
 そう言って、一束の白い紙束を渡した。
「分かった。……じゃ、ごめん、栞。いきなりだけど、お兄ちゃんと祐一があっち向いてるから、ちょっと上着を脱いで胸をはだけてくれる?」
「えっ、えっ?」
「いや、まじめな話なのよ。秋子さんが倒れた原因を特定するのに必要なの」
「わ、分かりました……」
 何が何だか分からないという顔をしながらも、真琴の真剣な表情に押されて、上着をはだけた。
 そして男二人が向こうを向いているのをもう一度確認すると、栞の心臓の真上に紙を一枚当てて術を唱えた。
「はい、いいよ。上手く写し取れた。じゃ、着ちゃって」
 真琴が紙をはがし、栞が上着を着たのを確認してから、浦藻たちがこちらを向く。
「どうだ、真琴?」
「あぅー……見立て通り」
 難しい顔をしながら、真琴はちゃぶ台に紙を置いた。
 そこには、
何やら文字のようなものが謄写版で刷った時のようににじんで写っている。
「これ、何なんです?」
「呪(しゅ)……つまり、呪いをかけるための呪文よぅ。これが、栞の心臓の真上にはっきり現れていたの」
 その真琴の言葉に、一同が色めき立った。
「え、そ、そんな!?」
 香里がそう叫ぶと、栞の上着を引っ張って胸を見る。
 そして、
「う、うそ……入れ墨みたいに、胸に文字が。あんなもの、栞が病気していた時分には見たことなかったわよ……」
 呆然としてそうつぶやいた。
「そうでしょうね……この手の呪は、全ての内容が成立した時点で初めて文字として浮かび上がるのです」
「……ど、どういうことなんです?」
 香里がそう訊ねると、浦藻はこくりとうなずき、丹念に説明を始めた。
「まず今の状況を説明するためには、栞さんの病気の原因について説明する必要があります。香里さん、栞さんの病気は心臓だったとおっしゃいましたが、具体的な病名はありましたか?」
「いえ……二転三転で。一度も固定したことがなかったんです」
「やはり。固定するわけもありません……栞さんの病気は純粋な病ではなく、取り憑いた殺生石の手先の呪いによるものです」
「ええっ……」
 いきなり出た言葉に一同が驚きを隠せないでいると、浦藻は先ほどの紙を手に取り、
「それが証拠に、この栞さんの胸に顕れた呪の前半部は、栞さんを呪い、病に陥れる文言が書かれています」
 そう言ってみせる。
 ただし、このような呪は通常の悪霊の類では使えないので、恐らく栞に憑いていたのは「病魔」としての力も持つ手先だったのだろう、と彼は言った。
「お聞きしたところによると、栞さんは元々病気がちだったとか。ですから、こういう病魔がつけ込んでどさくさにまぎれて死なせてしまえば、不自然に思われることもない、そう判断してのことでしょう」
「……でも、栞は治ったじゃありませんか」
 怪訝な表情でそう問う香里に、浦藻はそれだ、と言うように
手を向けた。
「その通り。理由は不明ですが――恐らくは栞さん自身の力か、殺生石討伐のキイマンである祐一さんの登場が作用しているのでしょうが――この呪は完全には成立しませんでした。そこであわてた病魔がかけたのが、後半部の呪です」
 浦藻によると、この呪の後半部には後から追って刻みつけたような跡があるという。
「後半部は、妖狐の精神的支柱となる人物――つまりは秋子さんということになるわけですね――を無差別に病に陥れる内容となっています。栞さん自身を殺すことが出来ないのなら、周囲の人間に累を及ぼして苦しめてやろう、という極めて陰湿な呪いということになります。そして、栞さんの心を次第に乗っ取って操り、本丸に突撃させれば、仮に攻撃がうまくいかなくともいたちの最後っ屁のごとく私たちに衝撃を与えられると……」
「……そ、そんな……じゃ、私が秋子さんを!?」
 自分にかけられた呪いのせいで秋子が病になったと聞かされた栞は、衝撃の余り泣きそうになりながら叫ぶように言う。
「いや、それは違います。これは栞さんのせいではありません……何も知らなかったのですし、操られていたのですから。全ての元凶は、あなたに憑いた手先です」
「で、でも、結果的には……」
「こういう時、そういう考え方で責任を論ずるべきではありません。どうか、お気になさらず」
 浦藻がそう言って取りなすが、栞は申しわけなさそうにうなだれてしまった。
 香里はその栞の不安を取り除くように手をぎゅっと握ると、
「……それで、秋子さんを治すためにはどうしたらいいんですか?」
 そう問うた。
 それに対して浦藻から返って来たのは、
「殺生石を、討伐するしかありません」
 という言葉だった。
「本来なら、この手の呪は病魔が祓われた時点で無効になっているはずなのですが……この呪は呪式が、殺生石に依存しています。つまり、そこを潰さなければこの呪いを打ち消すことは出来ないのです」
「そんな……」
 その言葉に、香里、そして栞が絶句するのがありありと分かった。
 二人は、唇を噛みしめてしばらく黙りこくっていたが、ややあって香里が、
「……憎い」
 ぽつり、と歯のすき間から絞り出すように言った。
「憎い、憎いわ、殺生石……その手先とやらの呪のせいで、あたしたち姉妹がどれだけの、塗炭の苦しみを味わわされたか」
「………」
「病の苦しみだけじゃない。栞は普通の女の子としての生き方をあきらめて、孤独に死を待つ覚悟をして、あたしは……その栞見たくなさに、苦しんだ挙句栞の存在を無視した。あたしのことは自分のせいではあるけども、少なくとも栞が病気になんてならなければ、そんな血迷った真似はしなかったのは確か」
「………」
「つまり殺生石は……あたしたち姉妹の心や仲までも蹂躙した。そして、秋子さんまでも……」
「………」
「許せないわ……絶対に、ぶちのめしてやる。強女(おずめ)扱いされたって構わない、私は……栞のためなら、いや大切な友達のためなら羅刹になる、夜叉にもなる」
静かだが、強い意志のこもった言葉であった。
「お姉ちゃん……私も、私もやるよ。このままじゃ、私だって収まりがつかない。この忌まわしい呪を取り去って、きっとみんなを助けたい」
 それに続き、栞もおのれの決意を述べる。
「……分かりました、香里さん、栞さん。あなた方の想い、この天野浦藻、しかと受け止めました。どうぞ、お願い申し上げます」
 二人の決意を聞くと、浦藻はそう言ってゆっくりと頭を下げた。
「それで、何をすればいいでしょうか?」
 浦藻が頭を上げるのを見計らって、香里が問う。
「とりあえず、今は秋子さんをここから離すのが先です。呪の原動力のすぐ近くですからね。ただ、病院だと厄介なことになりますので……ご自宅に戻っていただくより他ありません」
 その浦藻の答えに、今度は祐一と名雪が頭を抱えた。
「あー……しまった、今日は車なんですよね。この中で免許持ってるやつなんて、一人もいないし」
 と、そこに、美汐が助け船を出した。
「それなら、うちのお父さんに頼みましょうか?今日、非番ですので」
「えっ……い、いいのか、巻き込んじゃって」
「大丈夫ですよ……まんざら、妖狐のことを知らないわけでもありませんから、余計な気をつかう必要もありませんし」
「分かった。じゃあ、頼む」


「すみません、せっかくのお休みを、車を運転していただくためだけにお呼び立てしてしまって」
「なあに、構いませんよ。娘が随分お世話になっておりますし……何より、人助けですからね」
 そう言うと、治雄は名雪に車の鍵を渡し、自動車と軌道両方の免許証が入った大きなパスケースをかばんにしまった。
 あれから美汐が祐一の携帯電話で治雄に連絡したところ、彼は快諾してくれた。
 一応ばれないように祐一と名雪、そして美汐で秋子を運び出しておき、治雄を待ち受ける。
 そして十分ほどしてやって来た治雄に車を運転してもらい、名雪だけがつき添いとなって水瀬家まで何とか秋子を運んだのだ。
 この間、治雄は何もこの事態について詮索することをしなかったどころか、秋子を運ぶ手伝いをしてから車庫入れまでしてくれた。
 以前の経験から、なぜ自分の娘がものみの丘の裏から救援を求めて来たか、もしかすると大体の想像はついているのかも知れないが、それを言うことはしない。
 そのあたりに名雪は、なぜ美汐があれだけ礼儀正しく優しい娘に育ったのか、その要因の片鱗を見る思いがした。
 さて……。
 治雄が去り、空を飛んで来たあゆと、電車組になった祐一たちと合流したところで、本格的に看病の準備が始まった。
 とは言っても、こちらで出来ることは自室のベッドに寝た秋子の額に、濡れタオルをかぶせて熱を取ることくらいである。
 そして、祐一が台所で製氷皿から氷を砕き落とし、氷嚢と氷枕を作って持って来た時だ。
「う、ううん……」
 それまでずっと気を失っていた秋子が、ようやく眼を覚ました。
「お、お母さん!よかった、眼が覚めて……」
「こ、ここは」
「家だよ。あそこじゃまずいからって、浦藻さんが」
 そう言うと、名雪は今の秋子の病の原因を説明し始めた。
「……そう、そういうことだったの」
「ごめんなさい、秋子さん……私のせいで」
 やはり気が済まないのだろう、栞が深々と頭を下げる。
「いいのよ……栞ちゃんのせいじゃないわ。それどころか、あなたも被害者じゃないの……」
「秋子さん……」
「それより、本当に反省しなければいけないのはわたしの方よ」
 栞に頭を上げさせ、そう言う秋子に、
「そんな、何でお母さんが……」
「そうですよ、それこそ秋子さんの方が現状で被害者なんですから」
 しかし秋子は首を振ると、
「いえ、そういうことじゃないんです、祐一さん」
 静かにそう言った。
「もしかして、自分が重荷になるかも知れないとか、そんなこと思ってるんじゃないでしょうね?そんなことは絶対ないです。第一、俺たちがそんなこと言うような連中に見えますか」
 祐一がそう一気にまくし立てるが、秋子は、
「違うんです、祐一さん。わたしが反省する必要があるというのは……真琴に対してなんです」
「……どういうことですか?」
 秋子の言葉の意図をはかりかね、そう反問する祐一に、秋子は氷嚢の位置を直しながら苦しい息の下からぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……ご存知の通り、わたしは妖狐のみなさんを陰ひなたに渡って助けて来ました。食糧や物資が不足すれば差し入れをしたり、完全な閉鎖社会とならないように外の情報をもたらしたり、何か悩みやもめごとがあれば、一緒に解決に当たったり……それで、大抵の問題は解決して来ました」
「………」
「ですが、そのわたしにもついに救えなかったものがありました……それが、令ちゃんと、真琴です」
「………」
「令ちゃんは、どうにも手の出せない場所に押し込められてしまっていたので、どうにもならなくてもしょうがなかったかも知れません。でも真琴は……真琴は、族長の義理の妹という、わたしが入って行きやすい立場にありながら、ついに救うことが出来なかった……」
 秋子によれば、彼女本人は浦藻の家に義理の妹が来たこと、そしてその妹がなつかずに浦藻が苦しんでいることを知っていたし、対策もしようとしたという。
「……でも、当時の真琴の心は完全に閉じていて、わたしの力ではどうにもならなかったんです。顔すら、見せてくれなかったのですから」
「………」
「それに、浦藻さんも精神的にまいってしまっていて……情けない話ですが、完全に持て余してしまって、ほとんど何もしていないも同然の状態になってしまいました」
 そのこともあり、真琴の人化を知らされた時、彼女は愕然としてへたり込むしかなかった。
「自分が不甲斐ないために、真琴を破滅の道へ進ませてしまった」
 その想いから、彼女は浦藻同様自分を責め続けていたという。
「そんな中、真琴が人になってうちにやって来ました。でも顔を見たこともなく、また当時本名の『天野観月』しか聞いたことのなかったわたしは、それが自分が救えなかったあの子であることに気づくことが出来ませんでした。……状況を考えればしかたないこととはいえ、今から思えばあんな不自然な現れ方をしたのに、少しは疑うべきでした」
 それが確信に変わったのは、真琴の幼児退行が進行して来た頃、祐一から美汐の話した妖狐の話を聞いた時であった。
「今だから言えるのですけれど、あの時のわたしは、正直冷静な顔をしながら相当に混乱していました。
いや、混乱が頂点に達しすぎて、逆に冷静になってしまったと言うべきか……何せ、真琴が、自分の救えなかったあの妖狐の少女だと、確定してしまったのですから」
 そういえばその話をした直後、秋子の様子がおかしかった覚えがある。
 真琴が消える直前のことは大体こと細かに記憶している祐一だが、さすがにこれは言われて初めて気づいた。
「でも、真琴の寝顔を見て、わたしも肚を決めました。たとい救えずとも、最後まで見守ろうと。だから、祐一さんに、全てをおまかせしました」
「………」
 あの時、真琴と少しでも長く過ごしたいと願う祐一の想いを秋子がかなえた背後には、そこまでの悲壮な決心があったというのか……。
「ですが……どうやら八百万(やおよろず)の神は、そんなわたしにもやり直しの機会を与えてくれたようです」
「今度のこと、ですか」
「ええ。真琴が霊体ながら洞穴へ帰還したことに始まる、一連の殺生石討伐……これで今度こそ、わたしは本当にあの子を救える。それどころか、真琴の仲間も一緒に救える。そう思っていたのに……」
 そこで、秋子は眼を覆うと、
「そう思っていたのに……こんなところで、倒れてしまうなんて」
 そう言ったきり絶句し、低い嗚咽を上げ始めた。
「………」
 祐一も、一同も、何も言えなかった。
 自分の手の届くところにいながら、救えなかった少女。その汚名返上の機会を与えられたというのに、呪いに倒れて自分の手ではかなわない。
 ずっと心の奥底で、真琴を救いたいと思っていた秋子にとって、これ以上つらいことはないだろう。
 その心中を思うと、うかつに声をかけられなかったのである。
 だが、その時、名雪が一歩秋子の方へ進み出たかと思うと、
「お母さん……泣かないで。まだ、真琴が救えないと決まったわけじゃないよ」
 秋子の手を握りながらそう言った。
「名雪……」
「お母さんの悔しい気持ち、よく分かるよ。自分で救いたい、救わなきゃいけない、そう思っていたのに、こんなことで最後の最後にくじかれて……」
「………」
「でも、安心して。きっと、わたしたちが救うから。ね、祐一?」
 そう言って振り返る名雪に、祐一は、
「ああ。決まってるじゃないか」
 そう答えると、自分も秋子の手を握り、
「……秋子さん、気持ちは分かります。でも、今は自分を責めずに待っていてください。あなたのその真琴を思う気持ち、俺たち一同が受け止めて、何があろうと実現してみせます。
きっと、きっと吉報を持ち帰りますから……ですから今は、躰を休めることを考えてください」
 言い聞かせるようにそう言う。
「名雪、祐一さん……」
 それだけようやく言うと、秋子の口から嗚咽が再び漏れ始めた。
 ――洞穴にいる慎司の許から、おのれの不徳と非礼をわびる丁重な謝罪の文がぴろによって届けられたのは、その日の夜のことであった。


<つづく>
(平二十・八・六)
[平二十・八・七/補訂]
[平二十・八・九/再訂]
[平二十・十・五/三訂]
[平二十一・二・二十六/四訂]

[あとがき]

 どうもこんにちは、作者の苫澤正樹です。
 さて、「花ざかり」第五回目「二等三角点」、いかがだったでしょうか。
 ようやくと言うべきでしょうか、全ヒロインが揃いました。いや、長かったと思います、自分でも……。途中、前回のようにすでにメンバーに入っていながら解決していなかった名雪の遺恨を、かなりきついやり方で解決したりしていましたから。しかも前回、「短くなる見込みです」と言っておきながらしっかり百キロバイト行ってますし。
 もっともそれがなくても、正直今回の栞と香里に関しては、どうやってからめたものか当初からかなり悩んでいました。何せ他のヒロインと違って、祐一とはこちらで初めて出会ってますから、遺恨の出来ようもないわけで……。結果、別の面から接点を求め、彼女が病気で死にかけたのを実は殺生石の手先の病魔のしわざ、と考えて暴走させたのですが、これだけだと香里とは精神面でからめさせられるものの、祐一たちとは純粋な戦闘になってしまいます。「各自の弱さを乗り越え一致団結」というのを祐一たちは目標にしていますので、祐一たちの方でもそのような団結の心を高める話がないとまずいわけです。ということで、慎司を説得するということで美汐に過去を語らせたり、秋子さんに病魔の呪いがかかったということにして病臥させて真琴への想いを語らせるなど、さまざまな要素――どちらかというと、今まで語る機会のなかった要素――をからめて話をふくらませることになりました。そのせいで、美坂姉妹の合流、そして慎司の改悛が主題なのに、やたらに美汐の存在感が濃くなり、栞と美汐合同の話のようになってしまいました。しかも栞はほとんどこの話の中では手先に憑かれた状態ですので、せっかく出ていても性格が非常に陰険なものに……話の都合上とはいえ、栞ファンの方、まことに申しわけありません。
 ちなみに、三角点の前で美汐が話したいじめ体験に出て来る「細江」なる女生徒ですが、実はモデルがいます。
あんなのがいるんですよ、実際に。本物は男ですが、今もその非常識さに呆れ果てるとともに、本気で反吐が出る思いがします。「野垂れ死にでも……」のせりふは、そいつに対する私の素直な気持ちの現れでもあります。
 それにしても、三角点が登場するSSも珍しいかも知れませんね。実はこの話の構想を練っていた時分、三角点に凝って都内の三角点めぐりとかをしていましたもので……まあ、趣味丸出しというところでしょうか。ちなみに二等三角点「物見」は当然架空の三角点なので、国土地理院のサイトで探しても観測結果や点の記(設置概要書)を見ることは出来ませんので悪しからず。
 それでは、第六回目でお会いいたしましょう。
 
なお、今回の設定はこちらです。


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