作/苫澤正樹 

※このSSは、Purple software(パープルソフトウェア)のPCゲーム「はっぴ〜ぶり〜でぃんぐ」及び同ソフトのファンディスク「はぴぶりファンディスク」を基としています。
※両者のねたばれを含みますので、両方とも未プレイの方だけでなく「はぴぶりファンディスク」のみ未プレイの方も充分にご注意ください。



「た、ただいまーっ!」
玄関から、息せき切ったチョコの声が聞こえて来る。
「………?何あせってんだろ、チョコ」
「さあ?見たい番組でもあるんじゃないかしら」
もっとも、こんな中途半端な時間にやってる番組っていったら再放送ばかりだけど、とつぶやくほのかサン。
実は今、僕たちはほのかサンとチョコが共用している部屋を片づけている。
チョコは基本的に清潔な子なんだけど、片づけだけは悪いという困った癖がある。
まあ、僕に言わせればぐちゃぐちゃにしていないだけまだまし、という程度なんだけど……。
共用相手がほのかサンなのが運の尽きと言うべきか、何につけしまり屋な彼女のアンテナにしっかり引っかかってしまい、こうやって暇を見つけると片づけているのだ。
いつもならほのかサンだけなんだけど、今日はチョコが雑誌を積み上げてしまったので、重いからとその解体と本棚への収納に僕が狩り出されている。
ちなみに当のチョコは了解済みだ。「なるべく注意するよ」とは言っているけど、この調子じゃ治らなさそうだなあ。
さて……。
どたどたと下から階段を駆け上がる音が聞こえたかと思うと、部屋の入口にひょいとチョコが顔を出した。
「あっ……ご、ごめんね、二人とも」
さすがに自分の後始末をしているところに出くわしてきまりが悪かったのだろう、申しわけなさそうに盆の窪をかきながら言うチョコ。
「いいわよ、別に。ただねえ、積み上げるのは勘弁してよ……崩れたらことだし、アンタだって片づけるのに困るでしょ?」
「う、うん……分かったよ」
「ま、アタシも文庫を積み上げたりするから、人のことは言えないけどねえ」
そうやってからからと笑うほのかサン。口では迷惑しているとぼやいているけど、結構これはこれで楽しんでいるのかも。
そんなことを話している間に、一通り整理は済んでしまった。
「さあて……水でも飲んで来るかな」
やるだけのことはやってすっきりしたらしく、うん、と背伸びをしてそう言うと、ほのかサンは部屋を出て行った。
「それじゃ、僕も」
そう言って僕も部屋を出かけた時、
「あ、ちょっと待って……タカシを生粋の富山っ子と見込んで、訊きたいことがあるんだ」
不意にチョコがそんなことを言い出した。
「ん?珍しいなあ、そんなことで見込まれるなんて。一応この家族の中では唯一富山生まれの富山育ちだからね、答えられる範囲で答えるよ」
「じゃあ……」
そう言って、ぴんと人差し指を立ててチョコが投げかけた質問は、
「『小泉町』と『堀川小泉町』って、何が違うんだろ?」
……とんでもなくハイレベルだった。


「……へ?突然、何でそんなことを……?」
たっぷり数秒間凍りついた後、ようやく出た言葉がそれだった。
「だってタカシ、不思議に思わない?ほぼ同じ場所に、同じような地名があるんだよ?電停だって『小泉』が続いてるし」
「むう……」
言われてみればそうだよなあ。
……さっきからチョコが言っている「小泉町」や「堀川小泉町」は、この琴芝家周辺の地名だ。
大まかな範囲を言うと、電車通りの周辺、小泉町電停の手前の交叉点から堀川小泉電停の手前までの沿道が「小泉町」。その周りを囲むようにして「堀川小泉町」がある。
厳密に言うと東側の「堀川小泉町」は住居表示されているので、西側と少し違うんだけど……それでも、「堀川小泉町」の中に囲まれて、似たような名前の「小泉町」があるという状態になっているのには変わりはない。
「うーん、こりゃまいったな……物心ついた時からこうだから、考えたこともなかったよ」
「ええっ!そ、そんなっ!」
そう言うと、大時代的に後じさり、
「タ、タカシ!それでいいの!?」
びしぃっ、と指を差すチョコ。
「社会のサイコーガクフたる大学の学生が、チテキタンキューシンを失ったらボーコクの危機だよ!?」
……んな大げさな。というより無理して難しい言葉使うから、おかしなイントネーションになってるじゃないか。
「まあ、亡国の危機はないにしても、富山っ子の面子の危機じゃないかしら」
からかうような言葉に振り向くと、そこにはいつの間にか魔女のおねーさんが立っていた。
「いや、富山人でも知らない人はいると思うけど……」
「問答無用!」
僕の言葉に、おねーさんはさっきのチョコのようにいきなりびしいっ、と指を差すと、
「こーんなにかわいい女の子が、眸を潤ませて教えて欲しいと哀願しているのに、それを断るなんて……おねーさん悲しいわ」
これまた大時代的によよよ、と泣き出す。
見れば、すぐ横でチョコがまるで「きゅうーん」と鳴き出さんばかりの潤んだ眼で、上眼づかいに僕を見ている。
……どこで覚えたんだ、そんな漫画チックな感情表現。
「……しょうがないなぁ。言われてみれば気にもなるし、調べてみるか」
別にチョコの潤み眼に負けたわけでもないけど、大学生にもなって「知らない」で済ませてしまうというのも少々格好が悪い。
理系にせよ文系にせよ、大学生の勉強は結構調べて考えてなんぼ、の世界だったりするし。
「え、調べるの?」
「知らないものは、調べるよりしょうがないしね。……って、チョコはどうする?」
チョコってあまり調べものとか向きそうにないんだけど、どうだろう。
そう思いながらそう訊ねてみると、
「タカシだけに調べてもらうんじゃ悪いし、ボクも一緒に調べるよ。面白そうだし」
意外にも色よい答えが帰って来た。
よく見ると、顔は神妙なのに尻尾がぱたついている。
うーん、そういやここしばらく忙しくて、チョコにも構ってあげられなったからなあ。そりゃうれしくもなるか。
「よーし、えらいえらい。そんな高志君とチョコちゃんには、このおねーさんが手がかりになりそうなものを教えて進ぜよう」
そんな僕たちを見ていたおねーさんが、にこにこしながらぱんぱん、と手を打ってそんなことを言い出す。
「高志にはいつかも言ったと思うけど、私って明治時代にキミのひいおじいさんと文通してたのよね」
「そうだって話だよね。で、恋文とかも送ったり……」
「……おっほん!!そ、それはいいとして、その時の宛先を、私は最初ずっと『越中國新川郡小泉村』って書いてたの」
以前のみの市に出かけた時に思いがけずばれてしまった恋文疑惑(「青空」参照)を思いっ切りせき払いで打ち消すと、そう続けるおねーさん。
「そしたらねえ、ある時追伸で『申しわけないが、宛先に「小泉村」と書かないでいただきたい。何せ小泉村が2つに分かれてしまったものだから、いろいろと紛らわしいことになっているんだ。今度から正しい住所で送ってくれまいか』みたいなこと言われちゃって」
「えっ……それって、確か?」
「うん、間違いないわよ。だって、キミのひいおじいさんって細かいことは気にしない人だったもの。その人がこんな細かいことに注文つけて来たんだから、忘れようがないわ」
そう言ってうなずくおねーさんに、僕は思わずあごに手を当てて考え込んだ。
「『小泉村が2つに分かれてしまった』ねえ……。要するに、元はこの地区が『小泉村』として一つの村だったのが、この時代に何らかの事情で分割されたってことか。それが今『小泉町』と『堀川小泉町』が一緒の場所にあることに関係していそうだね」
当時の郵便事情なんて知るよしもないけれど、少なくとも今までの住所で送られると紛らわしくて困る、という以上、決定的な地域の分割が明治時代にあったことは確かだろう。
「となると、今度は分割する意味がよく分からなくなるよねえ」
「うーん……とりあえず、図書館で関連文献探すところから始めようか」
「あれ?タカシのお父さんの蔵書じゃ駄目?」
「駄目ってことはないけど……父さん、小説や文学全集、その他よく使う本以外は整理悪いから、探すだけで相当な手間だよ」
これが本当だから困る。父さんの蔵書は基本的に父さんしか使わないから、自分が使わないとついつい押し込めてしまうらしい。
ま、息子の僕も同じようなことしたりしてるから、人のことは言えないんだけどさ。
「それに市史とかになると、そもそも持ってないと思うよ。そっち方面の叢書って、高価なの多くて研究者以外が買うものでもないし」
「その点、図書館ならどんな本でも一発だしねえ。今はパソコンで調べればいいんだから。魔界の図書館なんか大変よ、カード式でね……」
「あー、おねーさん、その話はまた後でゆっくりと……。で、どうしようかな、図書館というとうちにはエキスパートが約一名いるんだけど」
いきなり愚痴り出すおねーさんをいい加減にしておいて、僕はそう言い出した。
琴芝家の図書館のエキスパート――実はこれ、ほのかサンのことだ。
いつだったか、ほのかサンがいつまでも帰って来ないので探しに出たところ、市立図書館で本を読みふけっていたということがあった。
伊達眼鏡までかけちゃって、「まずは形から」としたり顔のほのかサンにその時は一同あきれたもんだけど、それ以降彼女は何かあると図書館に通うようになった。
呉羽山の方にある県立図書館にまで足を運ぶこともあるみたいで、今ではそらでどこにどの本があるか、また図書館内でどこに排架されてるかを大体言うことも出来るほどだ。
だけど……。
「……何だか、気配を感じないんだけど。水を飲みに行くって言ってたから、すぐに戻って来ると思ったんだけどなぁ」
このことだ。会話に夢中で気がつかなかったけど、そのほのかサンがさっき席を外したきり戻っていない。
家の中を探してみたけど、どこにもいない。
「まいったなあ。こんな時に限って皐槻ちゃんと雪乃、ひびきさんまで買い物だもんなあ」
「珍しくたくさん頼んじゃったから、当分帰って来ないわね……うーん、悪いわねえ、あの子ならほのか分くらいのはたらきはするはずなのに」
おねーさんが気まずそうに盆の窪をかきながらそう言った時、僕はふと下駄箱の上、かつて雪乃の金魚鉢があった場所にメモが置いてあるのを見つけた。
「用事を思い出したので、出て来ます ほのか」
急いで書いたのだろう、走り書きのメモはとりあえずほのかサンが急な外出ということだけを告げていた。
ほのかサン、普段でも行き先書くの忘れるからなあ……今度注意しとこうっと。
「あー……これじゃしょうがないな。僕らだけで調べるしかないね」
「そうだねー。それに、意外とホノカの外出先も市立図書館かも知れないし」
「そんな都合よく行くかなあ……じゃ、とりあえず行って来ます」
こうして、僕とチョコの「小泉町」「堀川小泉町」に関する調査が始まった。
だけど、この時はまだまさか巡り巡ってあんな結末が待っていようとは、琴芝家の誰もが夢にも思っていなかった。






小泉町の電停から、大学前行の電車に揺られること20分弱。
電車の軌道が神通川へ向けて曲がる直前の丸の内電停で、僕たちは電車を降りた。
ここと1つ手前の県庁前電停の中間に、富山市立図書館本館がある。
チョコにとっては初めての場所なので、一応基礎的なマナーは電車の中できちんと教えておいた。
チョコも基本はいい子だから、さすがに騒ぎはしないだろうけど……書架の間をぱたぱた走るくらいは平気でやりそうで怖い。
電停から道を富山駅方面へさかのぼることしばし、松川にかかる安住橋の南詰に、無骨な鉄筋コンクリートの建物が見えて来た。
「ここ?」
「うん。ただ、図書館以外にもいろんな施設が入ってるから、図書館利用者は上に上らないといけないけどね」
入口を通りながらそう言うと、僕は左側にあるエレベーターそばにある案内板に眼を向ける。
「あー……4階かあ。エレベーターだね、こりゃ」
僕がやってるような理工系・医学系の分野じゃ、詳しい文献は大学の図書館でしか眼に出来ないから、あまり市立は使ったことないんだよね。
エレベーターが下りて来るのを待ち、そのまま一気に4階へ上がることにする。
数人の人と狭いエレベーターに乗り込んで一緒に上がって行くと、そこが図書館だ。
もっともこの建物は全ての階で中央部がエレベーターおよび階段用のコンコースとなっているので、図書館そのものは左右に泣き別れの状態になってしまっている。
「さて……何から手をつけようか。とりあえず、地名辞典はがちだよねえ」
「それって、どこにあるかタカシは分かる?」
「あ……まあ、参考図書のところじゃないかな」
「サンコウトショ?」
「あ、要するに辞書とか百科事典とか、調べもの用の本のこと。参考図書は大抵独立したコーナーがあるはずだから、地名辞典もそこを見てりゃ見つかるだろうね」
「じゃあ、あの右の部屋かな?『参考図書室』って書いてあるとこ」
「ああ、あれだね。てっきり、上にあるかと思ったら同じ階か」
チョコが指差した右側の部屋を入ると、果たしてそこが、参考図書と郷土資料のコーナーだった。
とりあえず、本棚に張りつけてある張り紙に従い、郷土資料のところをのぞいてみる。
と、3列目をのぞき込んだチョコが、
「あ、あそこに『富山県の地名』ってあるよ」
ひょいっ、と緑色のカバーの分厚い本を指差して見せた。
「よし、じゃあまずあれから調べて行こう」
さっそく本を持ち出し、2人でも使えそうな閲覧場所を探す。
「……1人がけばっか」
「あ、あそこは2人がけみたいだね……あそこにするか」
そう言って、部屋の南の窓際、遠く富山城のお濠が見えるところにある2人がけの席へ座る。
公立の図書館にしては閲覧スペースが少ない気もするけど……まあ、うちの大学も地下の研究書庫なんかはこんなもんだしなあ。
さて……。
件の本を手に取り、ぱっと開いてみる。
「ありゃ、五十音順とかじゃないのか」
平凡社刊『日本歴史地名大系』の1冊らしいけど、地名が地域別に排列されている。
しかたないので索引でとりあえず「小泉」を引いてみると、独立項目「小泉村」として出て来た。
「現在の富山市小泉町・堀川小泉町・大泉本町・西中野本町に相当……か。でも、随分古い時代の話みたいだなあ」
現に、この項目には江戸時代富山藩領であったことや、当時の石高などが記されていて、明治以降の話はぱっと見た感じ見当たらない。
「あ、タカシ、ここ」
と、横合いから見ていたチョコが項目の後ろから3行目を指差した。
「ん?……『明治22年(1889)堀川村と富山市に分属』ねえ」
「……分属って?」
「字のまんまだね。つまり、小泉村が分割されて一部は富山市に、残りは合併か何かして『堀川村』という村になったってことだ」
「じゃあ、そこで『小泉町』と『堀川小泉町』に分かれたのかなあ?」
思わぬ情報に身を乗り出して訊ねるチョコに、僕は、
「いや、そうとは限らないんじゃないかな。単に『分属』としかなくて、どの部分が分割されたのか書いてないわけだから、決めつけるのは早いよ」
慎重な面持ちで首を振った。正直、これだけの情報で決めつけるのは危ない。
「とりあえず、明治22年以外の可能性も考えて……そうだね、『小泉村』の後釜になった『堀川村』も調べてみよう」
今度は「堀川村」を引いてみると、単独項目ではないものの文中に登場している。
「おや?どうやら、こっちでも富山市に一部編入されてるみたいだね。明治42年のことだ」
「じゃ、そっち?」
「いや、これもあくまで『一部』だからさ……どこが編入されたか書いてない限りは予測の域を出ないな」
「ええーっ……じゃあ、どっちか分からないよー」
思わず天を仰ぐチョコに、僕も思わず盆の窪をかく。
どうやら、地名辞典の選び方を間違えたみたいだ。
「とりあえず、他に何かないか探そう。とにかくこれ、元に戻してから」
「うん……」
早くもへたれ状態のチョコを促し、2人で所定の場所へ返しに向かう。
「これでよし、と……じゃ、作戦替えだ。OPACを使って探すか」
「おぱっく……?」
「ああ、簡単に言えばパソコンで検索出来る蔵書目録さ。書名だけじゃなくて、キーワードとかでも検索出来るから重宝するよ」
「ふうん……でも、見た感じ、パソコンなんてないよ、この部屋」
「えっ」
言われて見回してみると、確かにOPAC端末らしきものはない。
「あー……あっちの一般図書室にあるみたいだねえ」
さすがにおかしいと思ってコンコース越しに向こうの一般図書室を眺めてみると、そこに端末が並んでいるのが見えた。
……普通2つ部屋があったら、どっちにも置くようにするのが筋だと思うんだけどなあ。
「しょうがない、席取っておいて調べに行こう」
そう言うと、僕たちは筆記用具とノートを席に置くと、そのままコンコースを渡って一般図書室へ向かった。
と、端末を眼の前にして、僕は思わず、
「ありゃあ……」
眉をひそめてしまった。
「どしたの、タカシ?」
「タッチパネル式だね、これ。画面を触って操作するやつ」
「あ、そう言えば、キーボードがないね」
そう言いながら、チョコは僕が渋い顔をしているのを見て、
「……何かまずいの?」
僕の顔をのぞき込んで来る。
「……うーん、いや、そういうわけじゃないけど」
「………?」
「とりあえず、検索するだけしてみるか」
そう言いながら、端末の画面をタッチする。
とりあえずキーワードを「とやま」と入れて、変換ボタンを探す。
「……ない」
何と、漢字への変換ボタンがない。
平仮名で探せとは……かなりつらいぞ、これ。
「えーと、スペース、スペース……」
気を取り直してスペースを入れるためのボタンを探すが、またしても、
「おい……またないじゃないか」
このありさまだ。
OPACでは検索エンジンなんかでもあるように、スペースを空けて2つ言葉を入れると、その2つを含むデータがヒットする、いわゆる「AND検索」が出来るというのがお約束だ。
システムによっては、スペースではなくプルダウン・メニューで選ばせるところもあるけど、ここのOPACには見た感じそういうのはない。
これにはさすがに、僕も頭を抱えざるを得なかった。
この手の複合検索が迅速な資料探しに有効なのは、大学図書館での経験上、僕でも知っている。
「ねえ、書名とキーワードで組み合わせは駄目?」
「ああ、そうだね……ちょっと出て来る資料が限られちゃうけど、この際しかたない」
チョコの言う通り、書名に「とやま」、キーワードに「ちめい」と入れて検索してみる。
果たして、ヒットした資料がずらずらと画面に現れた。
しかし、次の瞬間、
「……あれ?んっ?この、このっ」
僕の指は画面下のボタンの上を虚しくぐいぐいと押していた。
話は簡単だ。パネルの反応が悪いのである。
「くそ、これがあるからタッチパネル嫌いなんだよな……」
いくら押しても反応しない画面にいらついていると、
「それ、反応悪いですよ。別の端末の方が」
後ろから誰かの声がかかった。
その声に振り向いて、僕は思わず驚きの声を上げた。
「すみません、ありがとうございます……って、ほのかサン!?」
何とそこには、いつも図書館に行く時の伊達眼鏡姿のほのかサンが立っていたのだ。


「高志にチョコちゃん!?め、珍しいわねえ」
ほのかサンもまさかこんなところで僕たちに出食わすとは思わなかったらしく、眼を丸くしている。
「ほのかサン、急にいなくなったと思ったら、ここにいたのか……」
さっき突然雲隠れしたことに、僕が半眼になってそう言うと、
「あー、いや、ごめんなさいね……本の返却期限が迫っているのに気づいて」
ほのかサンはあせあせと取り繕ってみせる。
一方、チョコはというと……。
「ありがたやー、これぞ天のお導きぃー……」
突然のエキスパート降臨に、「ホノカ大明神様」とばかりに膝をついて手をすりあわせていた。
「な、何やってんのよ、チョコちゃん」
「こらこら、チョコったら……。いや、実はちょっと慣れない調べものをしててさ」
「ああ、それでチョコちゃんが……。いいわよ、悪いことしちゃったし、おわびに手伝うわ」
そう言うとほのかサンは、
「参考図書室かしら、もしかして?」
そう言ってコンコースの方を親指で指差す。
「うん。あっち、端末がなかったんでこっちで調べてたんだけど」
「ああ、アンタも同じ目に遭ってたのね……」
僕の言葉に、思わずむすりとした顔になるほのかサン。
そして、僕らをコンコースへ引っ張り出すと、
「……あのさ、あんまり大きな声じゃ言えないけど、ここのOPAC環境、よくないわよねえ」
小さな声でそう言い始めた。
「同意だねえ……あんな複合検索しづらい端末じゃ」
「それだけじゃないのよ、あれ、3台あるでしょ……全部タッチパネルよ」
「……え?本当に?」
「本当も本当よ。恐らく、パソコンが苦手な人向けに、っていうんでやってるんだろうけど。でもパソコン使える人間にはまだるこしいのよね、タッチパネルって」
「まあねえ」
「まあタッチパネルは百歩譲っていいとしても、ここはネット上にしっかりとした多機能のOPACを公開してるのに、館内のOPACがああ機能低いなんて……」
そうぶつぶつ言いながら、そこはかとなく黒いものを漂わせるほのかサン。
……利用歴がそれなりにあるだけに、きっと不満が相当あるんだろうなあ。
それはともかく……。
僕らが取っておいた隣の机に座ると、ほのかサンはさっそく調査内容と今までの首尾を訊いて来た。
「なるほど、ねえ……」
それを一通り聞くと、ほのかサンは、
「そりゃずばり、資料の選択ミスよ。『日本歴史地名大系』は近世以前はすごく強いけど、近代以降はほとんどカバーしてないもの。明治時代に起こった地名の変化を調べようって目的には向かない文献だわ。まあ、書名も装釘も地名辞典のスタイルしてるから、間違うのもしかたない気はするけどね」
きっぱりと言ってのけた。
「……地図はどうだろう?」
「地図ねえ……おすすめしないわ。あるはあるんだけど、OPACでは1つ1つの資料で登録されてるのに、実際には年代別に何枚も箱に入って出て来るありさまだから」
そう言うとほのかサンは、
「一度やったけど、大変だったのよ。単独資料だと思って請求したら、見つからなくて職員がおたおた。挙句に何の説明もなく『いつ頃の地図がいりますか』と質問されてね。こっちは単品で出るもんだと思ってたからわけ分かんないし……。まあ少なくとも、出納する側がどつぼにはまってるようじゃ、とても人にはすすめらんないわ」
肩をすくめてそう言う。
「はあ……」
「ああ、話戻すけど……近代以降の地名まで含めて調べたいなら、『角川日本地名大辞典』がおすすめかしらね。古くなってる部分や簡単に済ませすぎな部分もあるけど、かなり頼りになってくれるわよ」
そう言うとほのかサンはすっと立ち上がり、入口近くの棚から分厚い黒カバーの辞典を持って来た。
「調べるべきことは、明治22年と42年のどっちで『小泉町』が成立したか、ってことよね。そんならまあ、素直に『小泉』と『堀川』を引くことよね」
ほのかサンの言う通り、まず「小泉」を引いてみる。
「ええと、富山市の小泉、小泉と……あ、これか」
そして読み始めた次の瞬間。
「うわ、これ……すごいな。答えが全部書いてあるよ」
僕は思わず瞠目して2人の顔を見回した。
この『角川日本地名大辞典』は、一つの地名について時代ごとに追いかける形で説明がついている。
「小泉」の場合、まず「近世」に「小泉村」とあり、「明治22年一部は上新川郡堀川村の大字となり、残余は富山市に編入され24年富山市小泉町となる」と解説されている。
そして近代は「小泉」と「小泉町」に分かれ、「小泉」は「昭和17年富山市に編入と同時に堀川小泉町となる、現行の富山市堀川小泉町のうち」とされ、「小泉町」は「明治24年から現在の富山市の町名」と書いた上で町の情勢を記している。
「決まり……ね。明治22年に分割されたんだわ、これ」
念のため「堀川」も引いてみたけど、明治22年に富山市に一部編入した村の余り部分を中心に合併して出来た新しい村であるということしか書いていない。
ほのかサンも言う通り、これは元々長らく「小泉村」で一つだったのが、明治22年に富山市に一部が編入されたことで「富山市小泉町」と「堀川村小泉」の2つに分かれてしまい、それが昭和17年に合併で一緒の富山市になった時にそのまま区画だけ残って「小泉町」と「堀川小泉町」になった、ってことで決まりだろう。
と、その時、チョコが、
「……何でだろ?理由が、まだ分からないよ」
ぽつりとつぶやいた。
そういや、それも調査の対象だった。今までの話は全て事実を洗い出しただけであって、そういう話は一切出ていない。
「理由ね……大体、想像はつくわよ。明治22年って年から」
「……えっ?」
「その年、富山市の市制施行年なのよ」
「………」
さすがに何でそんなこと知ってるの、と言いたかったが、ほのかサンの真剣な顔にどうも突っ込みづらい。
「……市史にご登場をお願いしましょうかしらね。あの市史はあなどれないから……」
「あ、じゃ、取りに行って来るよ」
市史、すなわち『富山市史』は、すぐに見つかった。
そのうち「通史編」を持って来ると、さっそく市制施行時の話を探し始める。
頁をめくる僕と両側で見つめるチョコ、ほのかサンともに黙り込む。
やがて、「市制と合併工作」という章を見つけた。
「ふうん……富山は、市制を施行するに当たって、隣接地も合併したいと考えてたんだ。それで、そこに小泉村も一部だけ市に編入の形で乗っかって、残りが堀川村に化けた……と」
これで理由も判明した。市制施行の準備をしていた富山の町の呼びかけに応じてのことだったらしい。
ちなみに、『角川日本地名大辞典』で市に編入された部分が「小泉町」になるのに2年のタイムラグがあったのを密かに疑問に思ってたんだけど、それも市制施行当時この部分が「小泉村の内」と呼ばれてきちんとした町名がまだついていなかったらしいことが一覧表から分かって解決した。
あと、明治42年の一部編入については、
「上新川郡堀川村大字磯部および安野屋・西田地方・大泉のそれぞれ一部地域」
そう明記されている。
「えー……磯部って、神通川のそばじゃなかったっけ。じゃ、全然違ったんだ」
こうして最後の問題まで完全に潰し終わり、
「とりあえず、これで問題は解決ってわけだ」
そう言って僕がそうまとめにかかる。
ところが、チョコは今度はほのかサンの本が気になったみたいで、
「そういや、ホノカもさっきから本持ち歩いてない?」
そんなことを訊いている。
「ああ、これね。2人と違って、アタシは最近江戸時代の富山城下町について調べてるのよ」
そう言うと、ほのかサンは、
「せっかく利用者登録してるからね。借りられるなら、借りちゃえばいいわけだし」
「櫻井ほのか」と書かれた利用者カードを2つ指ではさんでみせる。
「前は小説ばっかりだったけどねー……最近、こういう調べものにも凝っちゃって。じゃ、ちょっと貸出行って来るわ」
そんなことを言いながら、ほのかサンは一般資料室の貸出カウンターに歩いて行った。
さて……。
ほのかサンの貸出手続が終わるのを待ち、参考図書室を出た僕たちは、安住橋を渡り図書館の北側に当たる県庁前電停へやって来た。
富山の市内電車・地鉄富山軌道線は、南富山駅前から大学前まで全線を通す電車と富山駅前折り返しの電車が交互運転されている。
こちら側、富山駅前〜大学前間は、全線を通す電車しか来ないため本数が半分に減ってしまい、10分に1本の運転になっている。
まあ、市内電車の運行間隔としては、さして使いづらいってほどのものでもないけれど。
「富山駅前・西町方面、南富山駅前行です。危険物を車内に持ち込まないでください……」
聞き慣れた注意放送を尻目に電車に乗り込んだ僕たちは、ちょうど空いていた前の方の席に座った。
「そういや、さ……小説のイメージがあったほのかサンが、何で城下町の調査なんか?」
床下から響く重苦しいモーター音を背に、僕はさっきから疑問に思っていたことを訊ねた。
「いや、それがねえ……きっかけは、ほんのささいなことだったのよ。ほら、電気ビルから東にいたち川を渡ったところに、『東田地方』(ひがしでんじがた)って地名あるじゃない」
電気ビルは松川にかかる桜橋の北詰にある元北陸電力の本社ビルで、空襲を生き残った数少ない建造物の1つだ。
「ああ、昔赤十字病院があったとこかな」
「そうそう、その辺。……恥をさらすようだけど、私あれ読めなくてねー。人前で『ひがしだちかた』って読んじゃって。しかも本来『東』で切れるのに、『東田』で切っちゃったから余計に大恥で」
「あー……それ、県外の人とかよくやるね。富山県にしかない地名だから」
「で、よく見ると全然別の場所にも『西田地方』ってあるじゃない。この『田地方』って何なんだ、って調べたのよ」
「そしたら?」
「どうやら、富山城下の町の地域分けの1つみたいなのよね。『本町』『田地方』『散地』『舟橋川向』ってあって、『本町』がいわゆる西町とか本当にど真ん中の中心街、『田地方』がその周辺の町々、『散地』が寺社や武家地の飛地、『舟橋川向』が城の北西にあたる松川の北岸の町々になるみたい。その『田地方』地区に接してる一帯が、『東田地方』『西田地方』を名乗ってたっぽいのよね」
「それでそのまま、城下町の調査になだれ込んだと……」
「まあ、そういうこと。……でも面白いわよ、身近なところからどんどん新しい事実が湧いて出るんだから」
そう言うと、ほのかサンはとても満足そうな笑顔を浮かべる。
「……そうか、自由研究だ。この感覚」
その顔と、ほのかサンを見ながら眸を輝かせているチョコを見て、僕は思わずそうつぶやいた。
「ジユウケンキュウ?」
「ああ、そうか、チョコたちは知らないよね。よくね、小学生や中学生くらいに、夏休みに宿題としてドリルなんかと一緒に、『テーマを自分で決めて研究しなさい』っていう課題が出るんだよ。それのこと」
「へえ、そんなことするんだ。本当に何やってもいいの?」
「うん。きちんとした研究になっていればね。あんちょこ本なんかもあってさ、『かぶと虫の飼育観察』とか『酸性雨の研究』とか、定番のテーマがいくつも載ってたなあ。懐かしいや」
「高志は何やってたのよ?」
「え、僕?……そうだなあ、元から理科、それも生物が好きだったから昆虫採集とか、野鳥観察とかね。それも、富山や北陸くらいでしか見られないようなのを」
父さんと一緒に地鉄で郊外出て泥だらけになるまで虫を捕りまくったり、呉羽山で鳥を追いかけたり……暑い中、よくやったもんだ。
「やってる最中は結構大変だけど、やり終えると『ああ、やり遂げたなぁ』って感じで本当に充足感があるんだ。今が、何だかそんな気分でさ」
「ふうん……。やったことないから分からないけど、『やった!』みたいな満足感はあるよねー」
「まさか大学生になって、同じ気分を味わうとは思わなかったなぁ」
そうしみじみとつぶやく僕に、ほのかサンはほほえんでみせると、チョコの方に向き直り、
「ねえねえ、チョコちゃん。そういう満足感を味わいたいなら、この調査続けてみたら?」
そう提案した。
「別に私みたいに難しい話はやんなくていいのよ。せっかく城下町に住んでいるんだし、町の名前の研究から始めてもいいし」
「そうかあ……ちょっと、がんばってみようかなー」
そう言って再びきらきらと好奇心に満ちた眼となるチョコ。
その姿をほほえましく見つめる僕の後ろで、富山駅前到着を知らせる車内放送が鳴った。






「一問一答よ、準備はいいわね?」
「オーケーだよ!」
「中央通り商店街の旧町名は?」
「中町、袋町、東四十物町(ひがしあいものちょう)!」
「古鍜冶町、南新町、五番町、『田地方』はどれ?」
「南新町!」
「覚中町の由来は?」
「住んでたお医者さんの名前!」
「明治までの神通川の本流は?」
「松川!」
「じゃ、付け替えた水路の名前は?」
「馳越線(はせごしせん)!」
「江戸時代に輸送拠点となっていた神通川の浜は?」
「木町の浜!」
「その『木町』の今の地名は?」
「本町!」
「舟橋を西へ移した藩主の名は?」
「前田利次!」
「舟橋の南詰にあった門の名前は?」
「助作門!」
「舟橋の北側の常夜灯そばに詩碑が立っている人の名は?」
「えと……頼山陽!」
そこでほのかサンはつばを飲み込むと、
「残念、それは父親よ。答えは頼三樹三郎(らいみきさぶろう)、山陽の三男坊ね」
指を立てて間違いを指摘した。
「へえ、頼三樹三郎っていうと、過激な尊皇活動して安政の大獄で処刑された人じゃなかったっけか。富山に来てたのか」
「まあね。何でも蝦夷地からの旅の途中だったらしいけど。鉄鎖江に横たふこと万丈に長く……って、ここまで来るとひびきちゃんの領域ね」
そんなことを言いながら、ほのかサンはチョコを振り向くと、
「……チョコちゃん、随分よく知ってるわねえ。もしかして、城下町の方の調べも始めてる?」
感心したように腕を組んだ。
「うん。だって、調べてると芋づる式に出て来るからさー」
「……ここのところ何だか熱心に本を読んでると思ったら、それだったのか」
と、これは僕。
何だかんだ言って、手伝いに駆り出されているのだ。
「うん、借りられるっていうから、市史借りて来たんだ」
「……汚してないだろうね?」
「大丈夫、大丈夫。ホノカ、つき合ってくれてありがとねー」
そんなことを言いながら、からから笑って部屋を出るチョコ。
「じゃ、ちょっと市史返しに行って来るよ。返しに行くだけだから、そんなに時間かかんないと思うけど」
「あ、ああ、行ってらっしゃい」
階下に降りて行くチョコを見送る僕とほのかサン。
よく見ると、皐槻ちゃんと雪乃もそばにいたらしい。
「高志さん……チョコさん、すごく熱心なんですね」
「あうー、あうあう……」
「『驚きました、イメージじゃなかったので』だそうです」
おいおい、雪乃……失礼なことさりげなく言ってないかい?
でもまあ、内にこもるよりも外で遊ぶ方が好きな娘が、いきなり研究にふけり始めたらびっくりはするよね。
「しかしこの……チョコちゃんの性格考えると、もうちょっとああいうことを話せる相手がいてもいいわよね」
ふう、と溜息をつきながらほのかサンがそう言う。
そうなのだ。実はこのことが、ここのところ僕たちの間で問題になっている。
あの小泉町・堀川小泉町騒動から1週間。
チョコは、市立図書館本館や県立図書館に足しげく通うようになった。
最初こそ文字だらけの本に戸惑っていたようだけど、すぐに慣れたらしい。
それどころか、乾ききった海綿が水を猛然と吸い上げるように、僕らも驚くほどのスピードで知識を蓄え始めた。
意外な才能、というやつなんだろうか。それをどうやら開花させてしまったらしい。
まあこういう才能は、あって得することはあっても損することはないのでいいんだけど……。
問題は、チョコがその吸い込んだ知識を誰かに話したがる、ということだった。
元々人なつっこくおしゃべり好きな子だから、ついつい自分が新しく仕入れた知識を話してみたくなるんだろう。
だけど、琴芝の家でこの手の話題について行けるのは、ほのかサンしかいない。
一見出来そうなひびきさんは、
「詩文や書画のお話なら出来るんですが……」
微妙に分野が食い違ってしまっていて、話が出来ない。
もっとも、チョコだってごり押しで理解を求めたりはしないから、相手が誰であってもいいといえばいいのだろう。
しかし、
「……きちんと答えてあげられないと、やっぱり気の毒ですよね」
皐槻ちゃんがこう言うように、一方的に話すだけじゃチョコもつまらないはずだ。
だからこそ、ほのかサンに何かというとこっちの話を振るらしい。
だけどほのかサンだってこっちのことばかりやってるわけじゃないから、正直どうしたものかと思っているらしい。
「せっかくの向学心、邪険にするわけにも行かないしねえ」
「僕も、チョコの相手が出来ればいいんだけど……うーん、誰か友達で文系のやつでもいればいいんだけどねえ」
僕が思わずそう言った時だ。
「……それよ、高志!」
ほのかサンが、ぱんと手を打って人差し指をぴんと立てる。
「内部に話し相手がいないなら、外部で探せばいいのよ」
「え、外部って……研究会にでも入るとか?」
「そんな大仰なことじゃなくて、もっと簡単な手段があるじゃない。インターネットよ」
「あっ……」
正直、盲点だった。
この家でインターネットを日常的に使うのは、僕とほのかサンくらいなもので、他の5人は時々使っているくらい。
チョコは使わない組に入るので、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
「そうか、掲示板でもあれば、話し相手になるね」
「そういうこと。まあ、こういうことを話せる場所がどれだけあるか分からないけど、探してみる価値はあるんじゃない?」
「分かったよ、じゃあ探してみる」
――数時間後。
僕の部屋に、チョコの姿があった。
「どしたの、高志。いきなりこっち来て、なんて」
ひょこひょこと入って来たチョコに、僕は、
「いや、ね……よさそうな掲示板を見つけたんで、よかったらどうかな、なんて思ってね」
そう言いながらノートパソコンの画面を見えるように引き寄せる。
「掲示板?……ああ、ネット上でいろいろ書き込みをしておしゃべりするやつかあ」
のぞき込むチョコの眼の前には、「富山町ばなし掲示板」という掲示板がある。
親記事がまずあって、そこに次々と返信がくっついていくという形のツリー式掲示板だ。
……正直、ああ言って安請け合いしたものの、探すのは困難を極めた。
地域の話題をやってるローカルな掲示板、というだけで数が限られるのに、その中で富山限定となるとさらに数が少なくなる。
中には見つけたはいいものの、事実上放棄されてスパム投稿で埋まってるところもあった。
(やっぱり駄目かなあ)
そうあきらめかけていた時、最後にひねりを利かせたキーワードで弾き出したのがこの掲示板だったのだ。
「へえ……随分研究してるんだねえ、ここの管理人さん」
「だよね。読んでいるだけでもへえ、って感じだし、何より『好き』っていうのが好感だね」
この掲示板のすごいところは、管理人さんやその周辺の人が常に研究と考察を欠かさない、というところだろう。
どこまで学術的に裏付けがあるかは微妙だけど、とりあえず自説を振ってみてみんなでわいわいやるのが好きなようだ。
「ただ、管理人さん主導のとこあるね、ここは……ちょっといきなりは書き込みづらいかな。まあ、よくあるスタイルだしさして問題でもないけれど」
「じゃあ、ちょっと読んでみるよ。書き込むにしたって、この文章量じゃとってもすぐは無理だし」
「まあ、そうだね。まずは数日ROMしてみて、それからどうするか決めた方がいいさ」
「うん、そうするよ……って、タカシ」
と、その時、チョコが困ったような眼を向けてきた。
「ボク、自分のパソコンないんだけど……居間のをホノカが使ってたら、見られないよ」
「あー……うちじゃ、居間のは半分ほのかサン専用みたいになってるしなあ」
うちにはこのパソコンの他に、居間に共用のパソコンが1台ある。
ところが使わない子たちが多いせいで、ほのかサンが使う以外にほとんど使われていない。
それも資料と首っ引きで何時間もだから、完全に空けてくれと言うのも気の毒な雰囲気なのだ。
特に今やほのかサンとは同志のチョコにしてみれば、引け目を感じるのも無理はないだろう。
「よかったら、タカシの貸してくれないかな?変なところ、いじらないから」
「うーん……ほんとに、ブラウザだけだよ?それ以外はいじらないでね」
「じゃ、いいの?」
「うん。事情が事情だしね」
「やたーっ、ありがとう!」
貸してもらえると知って、喜色満面のチョコ。
正直言うと不安がないわけではないけど、ここはチョコを信じよう。
ま、Macだし、相当変なことしない限りはおかしくならないだろうしね……。
さっそく座蒲団に座って画面に向かい始めるチョコの後ろ姿を見つめながら、僕はチョコにいい話友達が出来ることを願っていた。


異変が起こったのは、その翌々日のことだった。
その日の夕方、チョコは居間のパソコンをほのかサンに取られてしまい、僕のパソコンを間借りしていた。
その居間のほのかサンが、納戸を片づけていた僕の許に、青い顔をして走り寄って来たのだ。
「……高志!」
小さく、しかし鋭く怒鳴る彼女の声に、僕は一瞬ぎょっとなったが、
「ほ、ほのかサン、どうしたんだい、そんな顔して……」
何とかそう返した。
「どうしたもこうしたもないわ、アンタがチョコちゃんにすすめた掲示板のことよ」
「え、あれがどうかしたの?」
僕がわけが分からないという顔でそう返すと、ほのかサンは僕を居間へ引っ張って行った。
「これを見てよ、下の方に沈んでた随分前の過去ログなんだけど……」
そして、パソコンの前に座らせると、マウスでブラウザをスクロールさせた。
それが最後までスクロールしきった瞬間。
「………!!」
声にならない叫びが、僕の口から飛び出した。
そこに僕が見たものは、「金沢は田舎」という題名の親記事だった。
それを立てたのは、何と管理人その人。そしてそこには、
「この間、金沢に行きました。一応北陸の中心地という扱いではあるけれど、随分と田舎だな、と思いましたね。列車の窓から見える風景も、県境の倶利伽羅峠を越えた途端に田舎臭くなりましたし。駅は新幹線の関係で立派だけど、駅前は富山と違ってきちんとまとまってない感じ。しかも新幹線を期待して高架だけ先にあるというのも、何だかいかにも利益誘導あって当たり前、っていう根性丸見えで田舎じみてる。街中は狭い道に三叉路や変形交叉点ばかりでどこにも行きづらい。結論、金沢は都会面してるけど実質は田舎です」
金沢をくそみそにけなす文章が書かれていた。
「な、何だよこれ……この人、どういう眼をしてるんだ。確かに石川県内は山が迫っているから富山県内と風景違うけどさ、ただそれだけで郊外なのは似たようなもんじゃないか。駅前が整備されてないのは大工事してまだ完全に整備し切れてないだけだろ。あと道が狭かったり変形交叉点なのは戦災を受けてなくて、生の城下町が残ってるからだ、ほめられこそすれけなす要素はどこにもない。しかも香林坊や片町みたいな、観光客でもガイドブックで知ってるような金沢の繁華街を完全無視して『田舎』だって!?……突っ込みどころが多いにもほどがある!」
余りにひどい発言に反射的に突っ込む僕に、ほのかサンは、
「やっぱり……アンタ、知らないですすめたのね。じゃあこれも、見てないってことだ」
そう言うと、下の返信のツリーを展開した。
そこに表示された画面を見て、僕は躰中から血がさあっ、と引くのを感じた。
画面内にあるのは、管理人と常連とおぼしき数人の人、そして「金沢市民」というハンドル・ネームの人物の書き込みだ。
ただし、「金沢市民」なる人の書き込みは、すべて削除されており、その下に、
「金沢って言っても、あなた中心部に住んでるわけ?確か富山と違って市街地のすぐそばまで山じゃなかったかと思うけど(笑)」
「さすが保守の王国、返信まで保守的と来ましたか」
「そりゃ空襲でぼろぼろにされたのは本当だけど、そっちだって下手すりゃ飛び火してたかも知れないんだぜ。あんま調子乗るな」
まるでなぶり煽り立てるような常連の返信がついている。
そしてとどめに、上のツリーをほのかサンが展開する。そこには、
「こないだは、金沢の田舎者が騒いで荒らしたせいで大変でした、みなさん」
管理人のそんな言葉が書かれていた。
これから想像出来ることはたった1つ。
管理人は、金沢に異常なまでの対抗意識や差別意識を持っていた。それが出たのが「金沢は田舎」の書き込みだった。
そこに、「金沢市民」という人物が返信を返した。荒らしかまともな返信かは知らないが、いずれにせよ管理人の発言の間違いを訂正する内容であったことだろう。
だが、管理人と常連はそれをなぶって追い出した挙句に、全て削除した。
おとしめるのに相手を理解することなど不要、と言わんばかりに手段を選ばぬ誹謗中傷と、集団による言葉の暴力の行使と管理人権限の濫用による抗議の封殺。
いずれにせよ、人間性を疑う行為と言うべきだろう。
「何てこった……こんなくずだと分かっていたら、すすめやしなかったのに!」
僕は、思わずぐしゃぐしゃと頭をかき、声を荒げた。
「高志!落ち着いて、後悔してる暇ないわよ!チョコちゃんがこれ見たら、ほぼ確実に傷つくわ……早く、早く様子見て来てよ!」
ほのかサンの叫びにも等しい声に、僕が急いで立ち上がろうとした時だ。
とん、とん、と元気のない足音が階段の方から響いて来た。
大急ぎで階段の方に回ると、そこにはチョコの後ろ姿があった。
「……チョコ!」
呼びかけると、チョコは一瞬びくりと身を震わせたが、無言のまま靴を履き替えて玄関を出てしまった。
「どこに行くんだよ、おい!」
こっちも履き替えて後を追う。
チョコは門の鍵を開けようとしていたが、鍵を持っていないのに気づいたのか、とっさに右手に回った。
家の右手は庭だ。どこにも出入りできるような場所はない。
途中歩哨のひびきさんとぶつかりそうになりながら追うと、果たしてそこには濡れ縁に力なく腰かけるチョコがいた。
「チョコ……見ちゃったのか、あの過去ログ」
「うん」
どこかぎこちなく、チョコはうなずいた。
(遅かったか……!)
チョコの今までの行動で大体想像はついていたが、僕は再び顔から血が引くのを感じた。
「ねえ、タカシ……タカシは知らなかったんだよね」
「い、いや、知らない、知らないさ……知ってたら、そもそもチョコにすすめたりなんかしないよ」
「だよね」
「……ごめん、知らなかったこととはいえ」
「いいんだよ。しかたないし」
どこか捨て鉢なチョコの言葉とともに、会話が途切れる。
重苦しい空気が流れる中、僕はチョコのまなじりに光るものを見た。
その姿に、大変なことをしてしまった、と唇を噛みしめた時だ。
「……ねえ、タカシ。どうして、街同士を比べてどっちが上だ下だ、どっちが都会だ田舎だ、なんてやるんだろうね」
チョコが、静かに立ち上がると、そう口を切った。
「………」
「確かにさ、自分の住んでる街が優れていれば気分はいいと思うよ。だけど……それだけじゃない。ただ相手の街より優れているかも知れない、それだけのことじゃない。それが、一体何の意味のあることなんだろ」
「………」
「しかも、それを人前で汚い言葉を使ってけんかしてまで決めようとして。何のために、何のためにあの人たちはあんな醜い争いをするんだろ。一体何のために……。そもそもそれが、一体その人にとって、どれだけの意味があることなんだろう」
「………」
「ボク、調べたよ……これだけじゃないらしいね、特定の街を比べたりけなしたりするの。どれもこれもひどいのばっか……金沢と富山みたいに、地理的にも歴史的にも縁が深い街同士はある程度しょうがないかも知れないけど、それをさっ引いたって行きすぎだよ。そもそも何で比べ合わなきゃいけないのか、何で罵詈雑言をぶっつけられなきゃいけないのか、さっぱり分からないとこすらあった。特に、大阪に対しては同じ人間のやることとは思えなかった。正直、思ったよ……この人たちは、一体何を目的として生きているんだろうって」
「………」
「……タカシ、前にみんなで一緒に金沢も、大阪も行ったよね。金沢の兼六園はきれいだったし、街は富山と違うしっとりとした大人の落ち着きがあってよかった。大阪はカオスでこてこてなように見えて、実は人情味と歴史にあふれた街で……とっても、よかった」
「………」
「だから分からないんだ……ボクには。ボクにとっては、誰が何と言おうと富山は富山でしかないし、金沢は金沢でしかないし、大阪は大阪でしかないんだよ。……やれどっちが上だ下だ、やれどっちが優れてる、やれどこそこの街はどうしようもない、そんな眼でとても見られない。それに……」
「………」
「それに……その街が重ねて来た歴史を、住んでいる人の気持ちを思ったら……そんな眼で、見たくなんか……ない……よっ……」
そう言った途端、ぼろぼろと泣き崩れるチョコを、僕は胸の中に受け止めた。
「チョコ……ごめんな、傷つけて」
「タカシが謝ることじゃないよっ……謝るなら、あの管理人連中に謝って欲しいよっ……」
「………」
出来るなら、僕だってそうさせたい。
だけど、インターネットは顔の見えない世界だし、「嫌なら見るな」と言われればそれまでだ。
だから僕は、こう言うしかなかった。
「……忘れることだよ」
「えっ……」
「忘れることだよ、そんな連中はいないんだ、ってね」
「でも……」
「いいんだよ、放っておいて。どっちの街が上か下か、ネット上でそんな不毛な比べ合いをしたり、人の街を見下したりしてさ。歴史があって、人々の暮らしがあって、それゆえに表も裏も、いいところも悪いところもあって当然、というのが『街』というものの本質なのに……。それを忘れ、ただ感情のままに『街』を弄んで好き勝手にものを言っているような人間が、ろくなやつのわけがない。放っておくのが一番なんだ」
「……仮に、止めようとしたら?」
「相手と同じレヴェルに堕ちるよ、確実にね」
「………」
「特にネット上の場合は、ハンドルネームや匿名での書き込みだろう?プライバシー保護の面だけでなく、ああやって自分の素性を隠すだけで、結構気楽にみんないろんなことが言えたりするんで歓迎されているわけだけど……その発言の気楽さに流されて甘えた気持ちが出ると、気が緩んで普段の生活では絶対出さないような本性が出ることがあるんだよ」
「………」
「むろん甘えたところで、問題ないこともあるけどさ。でも大抵そういうのに甘える人間ほど、本性に問題ありだったりするから頭が痛い。そうなったらもう駄目さ、甘えに甘えて堕ちる一方。そしていろんなところで害毒をまき散らしたり、同類が集まる掃きだめでくだを巻いて、通りがかりの人を不愉快にさせたりするわけ」
「………」
「あの管理人連中みたいなのは、どだいそういう甘えてる連中か、その予備軍みたいなもんさ。そういうのを本気で止めようとしたら、自分も流されて甘えるようになってしまうよ。そして、いつの間にか相手と方向性は違っても同類になっていました、なんてことになりかねない」
「………」
「さっきも言った通り、そういう連中はどこにたどり着くにせよ、どのみち堕ちる一方でしかないんだ。そんなのに、まともな人間がかまって一緒に堕ちて行くことはないじゃないか。馬鹿らしいだろう?」
「うん……」
「チョコ、だから、ね……忘れてしまいな。君の言ってることの方が正しいんだから。せっかくの純粋な想いに、むざむざ自分から傷を負わせるなんてもったいないにもほどがあるさ」
「タカシ……」
僕の言葉に、チョコはそう言ったきり絶句すると、再び僕の胸の中で嗚咽を上げ始める。
赤い夕陽の中で、チョコの躰はともすると折れそうなくらいに頼りなく感じられた。
――その日の夜遅くに、まるで親の仇を取るかのような形相で、ブラウザに残された件の掲示板の履歴を消す僕の姿があったのは、言うまでもない。


「さて、と……これで施錠はよし」
「大丈夫でしょうか、完全に家を空けるなんて久しぶりなので」
「まあ、せいぜい出ても半日でしょ。市内なら電車でも乗合自動車でも何でもあるし」
あれから数日後。
すっかり立ち直ったチョコは、ほのかサンと一緒に旧北陸道を巡るツアーを計画した。
何でもほのかサンが探して来た資料にチョコが食いついて、そんな話になったんだとか。
その本によると、北陸道は意外とややこしい経路で城下を抜けていて、歩き甲斐が結構あるとの話だ。
最初はチョコとほのかサンだけだったらしいけど、食卓で話を振ったらみんな「行きたい」と言い出して、結局琴芝家総出での旧街道巡りとなった。
「ねえねえ、お昼は大和の最上階にしようよ。ちょうど西町が中間点だし」
そんなことを言うチョコに、僕は、
「時間が合えばね。そうじゃなかったら、道それて探さないと」
思わず苦笑しながらそう答える。
(いつものチョコだ)
そう思うだけで、何とも言えない笑みが浮かび上がる。
「では、参ろうぞ、みなの衆ー!まず目指すは安野屋電停だあー!」
チョコの何ともテンションの高いかけ声とともに、みんながぞろぞろ電停に向けて歩き始める。
――ボクにとっては、誰が何と言おうと富山は富山でしかない。
(その気持ちを忘れない限り、君は立派な大人になれるよ)
チョコがあの日言った言葉を思い返して、僕は思わずそうつぶやいた。
「ん?タカシ、何か言ったー?」
「いやいや、何でもないさ、何でもない」
そう言うと僕は、少し遅れがちだった足を速めた。
遠くの空に、青空を地にして真っ白な立山連峰が、大きな屏風となってそそり立っている。

<つづく>
(平21・3・23)
[平21・3・29/改訂]
[平21・4・6/再訂]
[平21・4・10/三訂]
[平21・6・5/四訂]

[あとがき]
 どうもこんにちは、作者の苫澤正樹です。
 「とやまはっぴ〜だいあり〜」第3話「街」、いかがだったでしょうか。今までと違って特定の人物層に対する批判色の強い作品となったため、驚かれたかも知れませんが……。
 今回の話は、実は昨年と今年の春に富山へ行った際の現地での経験が元になっています。琴芝家のある小泉町電停の界隈には富山に行くとよく行くのですが、以前から「小泉町」と「堀川小泉」が電停として連続していることに疑問をおぼえていました。それだけなら気にしないで終わったでしょうが、地図上で「堀川小泉」の範囲内になっている場所で「小泉町」と住所を書いている家を発見して「どうなっとんじゃ」と調べ始め、それが「小泉町」と「堀川小泉」との関係の調査にまで発展したのが発端でした。調査の結果自体は本文の通りだったわけですが、これをふとここで使ってみよう、と思ったわけです。
 その時一緒に頭をもたげたのが、ネット上で「街比べ」「街けなし」を生業とするかのようにたむろしている人々に対し、長年にわたって抱いていた反発でした。地名調査のような郷土に密着した調査の底に流れている思想は、そういった人々の考え方とは到底相容れないものですから、この話において対立する位置に立ったのをきっかけに、はっきりと意見を述べようと思ったのです。それに富山と金沢は本文中で書いた通り比べられやすい街であり、そういう人々の格好の標的となっていたのも後押しとなりました。
 今回チョコが主役となったのは、彼女がとても好奇心旺盛である一方、純粋でまっすぐなキャラである、ということにあります。チョコには失礼な言い方ですが、彼女にこういう形でもの申されるというのは、大人が子供に「みっともない」と言われているようなものですから。
 ……多いんですよね、街同士を比べたがったり、比べた挙句に相手の街をけなしたりする人。冗談程度なら笑って済ませられますが、本気になってこれをやっている人が相当数いて。上述の通り、富山と金沢はそのよい例で、他に関東圏だと東京と埼玉などが好例でしょうか。けなす例では、大阪と埼玉が好例になります(特に大阪に対するものは眼に余ります)。
 本文からでも大体分かると思いますが、私はこういう行為を心底嫌悪しています。そりゃ、その人が相手の街をどう思おうと勝手です。また相手の街にないものがある、また出来たと天狗になるのも勝手です。逆もまたしかり。しかし、それをそのままその街の価値につなげてけなしたりするのは、いくら何でも人として礼儀にもとるのではないでしょうか。
 この世には桃源郷はありません。どの街だって、いいところもあれば悪いところもあるのです。しかもそれらは、一義的・定量的に比べられるものではないことがほとんどです。それをあたかも比べられるかのように決めつけて、不毛な言い争いをしているのは「醜い」の一言に尽きると言えましょう。
 ついでに言ってしまいますが、チョコを傷つけた掲示板、富山ではありませんがモデルが実在します。大阪好きの人が京都と張り合って、「京阪の終点・出町柳で降りたら何もない、京都は田舎だ(←京都の中心部ははるか手前の四条河原町だってことくらいガイドブックにだって載っているのですが)」「京阪に乗ると大阪側は都会なのに京都側は田舎(←通る場所を考えると単なる偶然にしか思えないんですが)」と的外れの論法で京都をたたき、反論して来た人を荒らし扱いして(まあ本当に荒らしだったのかも知れませんが)すべて発言を消すという暴挙に出ました。それまで単にその人を大阪通だと思っていた私が本気でショックを受け、二度とそこへ近寄らなくなったのは言うまでもありません。他の街に敬意を払えないような人間に自分の好きな街をほめちぎられたって、ひとつも嬉しくありませんのでね。
 この作品の中で、チョコのせりふを介して吐露した「街」への想いが、こういった不毛を繰り返す人の心にごくわずかなりとも届くことを願ってやみません。
 それでは、また4話目でお会いいたしましょう。
[追伸]
 今回富山市立図書館本館を描写するにあたり、旅行のついでに現地でロケハンを実行しました(平成21年4月9日)。数年前に訪ねたきりで館内の様子が分からなくなっていたので……。
 本文中で高志とチョコ、そしてほのかサンが体験したり述べたりしていることは、この際に実際に起こった出来事です。あくまで個人的な感想ですが、残念ながら館内OPACに関してはタッチパネル式のみという設備と使いづらいインタフェイスがあいまって、正直及第点ではありませんでしたし、地図の件もあまりほめられた話ではありません。
 ここで述べても詮ないこととは思いますが、富山市立図書館および富山市当局にはその辺をご一考願いたいものです。

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