桃 李 成 蹊
作/苫澤正樹 

※このSSは、Purple software(パープルソフトウェア)のPCゲーム「はっぴ〜ぶり〜でぃんぐ」及び同ソフトのファンディスク「はぴぶりファンディスク」を基としています。
※両者のねたばれを含みますので、両方とも未プレイの方だけでなく「はぴぶりファンディスク」のみ未プレイの方も充分にご注意ください。




「え?ひびきさんが、おかしいって……?」
僕は思わず眼が点になってしまった。
急にチョコに袖を引っ張られて、居間に引きずり込まれたと思ったら、いきなりその言葉が飛んで来たのだ。
「そうなんだよ。最近気づいたんだけど、ヒビキの部屋から何かを研ぐような音や、固いものをたたいたりするような変な音がするんだよ」
僕と同じように召集されたのだろう、出かけているおねーさんと当事者のひびきさんを除く全員がそろう中、チョコは重々しく言い出した。
「だってさ、ホノカとか気づかない?すぐ裏なんだよ?」
「いや、そう言われても……アタシは読書し始めちゃうとあんまり周りの音とか気にしないし」
困ったように言うほのかサンに、チョコはむう、とした顔つきになる。
「……タカシやサツキやユキノは?」
「……いや、聞いたことないよ」
「同じくです。あまり部屋にいないので……」
「あうー、あうあうあうー……あうっ、あうあうあうー」
「『私もあまりいませんから……それ以前に、位置的に聞こえないと思います』だそうです」
はかばかしくない答えに、チョコはむむう、と口をとんがらせた。
「というより、チョコちゃん……こう言ったら悪いけど、あの子、魔女の魔力恢復のために、いろいろやってるんでしょ?だったら少々変わった音がしてもおかしくないと思うけど」
「何せ、生薬から自家製剤してしまう人ですもんね……『魔法薬に薬事法は関係ありません』とか言って」
ほのかサンの言う通り、ひびきさんはここに同居するようになって以来、ずっとおねーさんの魔力恢復のためにあの手この手を尽くしている。
本当は魔界で寝るのが一番らしいんだけど、帰れない以上無理な相談だから、と薬を飲ませたり、魔術を使えるようにリハビリにつき合ったりしているのだ。
特に薬は薬研でごりごりやってるのを見たことがあるから、その手の音がしても別に不自然でないといえばない。
そう言われたチョコは、むむむう、とふくれると、
「ホノカの言うことももっともだけどさ、それにしたって説明出来ないことがあるんだよ」
眉間にしわを寄せながら語り始めた。
「ボク、見ちゃったんだ……ヒビキが金鎚持って部屋に入って行くの」
「金鎚?」
「そう、下駄箱に入ってる玄翁(げんのう)だよ」
そういえば、玄関に備えつけの工具箱に、玄翁とハンマーが1本ずつ入ってたな。
「確かに鹿の角とか固いのも薬になるけどさ、狭い部屋の中で砕くかな?変だよ、絶対変だよ」
「まあ、確かに……普通は玄関のたたきや庭先でやるだろうね」
それにひびきさんの性格からして、そんな派手なことをするならしっかり断るだろうし。
そんなことを思っている間にも、チョコの考えはどんどん怖い方向へ暴走して行く。
「きっと、あの張り扇だよ……あの張り扇を、あの玄翁で鍛えてるんだ。そして『今宵もこの張り扇が悪を斬れと言っています』とか言って、しゃーこ、しゃーこと砥石で研いでるんだ……きっとそうだ、そうなんだー!」
某動物コメディ漫画のらっこ張りにたくましい想像をして、滂沱の涙を流すチョコに、
「こらこら、おかしなこと言わないの!」
さすがにほのかサンが横合いから叱りつける。
「あううううう……」
「いえ、雪乃さん、今のはチョコさんの個人的な想像ですから、まともに怖がらなくても」
こっちはこっちで真に受けた雪乃がぶるぶる震えるのを、皐槻ちゃんが一生懸命なだめている。
チョコさあ、「必殺仕事人」シリーズじゃないんだから。いやそれ以前に、「張り扇をたたいて鍛える」という発想に突っ込むべきか。
「そこまで言うんならさ、ひびきさんに直接訊けばいいんじゃないか?ひびきさんの性格上、人に言えない目的で使っているとは思えないし、教えてくれるんじゃない?」
「で、でも……」
まださっきの想像の余韻が残っているのか、ためらうチョコを、
「ほらほら、そこで変にためらわない。さっさと訊いちゃえばいいの。ほら、行きましょ行きましょ」
ほのかサンが有無を言わせぬ早口で促し、「鶴の一声」と言わんばかりに立たせて居間の外へ押し出す。
最初はチョコももがいていたけど、ほのかサンの押しに負けたか、不承不承に居間を出た。
うーん、ちょっと強引だけど、こういう光景を見るとほのかサンがこの4人の中では一番のお姉さんというか、リーダー役なんだなあ、と思う。
チョコとほのかサンを先頭に、階段を上った僕らは、ひびきさんの部屋の扉の前に立つ。
――こつっ、こりこりっ、しゃっしゃっしゃっ……。
扉の奥から響く小さな音に、チョコがまた想像を変な方向にたくましくしたらしく、漫画のように左足を軸に180度反転して逃げ出そうとする。
その両肩をつかんでさらに180度反転、つまり元の向きに戻すほのかサン。コントじゃないんだから……。
「ひびきさん、ちょっといいかな?」
とりあえずこのままだときりがないので、僕が扉をノックして声をかける。
「……あ、ちょっとお待ちください。今、開けますから」
すぐに返事が返り、立ち上がる音がする。
「高志さま、どうなさいました……と、みなさま、おそろいでしたか」
僕だけだと思っていたのだろう、ひょいと顔を出したひびきさんは、見回すやきょとん、とした顔になった。
ところが次の瞬間、
「ひいっ……」
チョコがおびえた声を上げた。
その視線の先を追うと、そこには革紐で中ほどをぐるぐる巻きにしたたがねのような刃物が黒光りしていた。
再度反転して逃げ出そうとしたチョコと、それを止めるほのかサンの姿に、ひびきさんはぽかんとしていたが、
「あっ、申しわけありません……うっかり、印刀(いんとう)を人に向けたまま出てしまいました」
右手の中を見てあわてたように指を動かし、刃物をくるりと上下転倒させて自分の方に向ける。
「イ、イントウ……?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でそう反芻するチョコ。
僕も初耳の単語だったし、みんなも同じらしく、今度は僕らの方がぽかんとしてしまった。
いや、一人だけ、反応した人物がいた。
「印刀?……ひびきちゃん、もしかして篆刻(てんこく)やってるの?」
琴芝家の頭脳として、ひびきさんと肩を並べるほのかサンである。
「ええ。ご存知でしたか」
「まあね。道具とか、やり方とか、ちょっと知ってる程度だけど」
2人でどんどん話を進めそうになるのに、
「ね、ねえ……テンコク、って何?」
チョコが割り込む。
「ああ、申しわけありません。説明がいりますね。……せっかくですから、こちらに入って現物をご覧になってください」
そう言うと、ひびきさんは僕たちを部屋へ招き入れた。
入ってみると、文机の上に直方体の木の箱があり、そこから緑色の石が生えている。
いや、よく見てみると木の箱はくさびで構成されていて、石がそのくさびで固定されているようだ。
「……篆刻というのは、簡単に言えば石の印、はんこを彫る芸術です。こうして『印台』と呼ばれる台に鏡文字を書いた石を固定して、この『印刀』という特殊な彫刻刀で彫って行きます」
全員が何とか座ったところで、ひびきさんが説明を始める。
「はんこ彫りが芸術?それだとはんこ屋さんは、みんな芸術家になっちゃうよ」
チョコが首をかしげながら言うのに、
「いえいえ……これは、ただのはんこ彫りじゃないんです」
ひびきさんは苦笑すると、指をぴん、と立ててみせる。
「そ もそもその『はんこ彫り』が『篆刻』という芸術になった理由を語るには、中国は唐の時代、文人の間で古い印が鑑賞され、美術的に論じられ始めたことから説明する必要があります。この時代やそれ以前の印は、『官印』といって国から役所や役人に支給される部署・身分の証明印や、『鑑蔵印』といって美術品を鑑定した人や所蔵者の印など、基本的に実用印しかありませんでした。それが、美術品として少しずつ価値を認められ始めたのですよ」
これがさらに変わるのが、次の次の時代である北宋の時代だ、とひびきさんは語った。
「北宋の時代には、国全体が骨董趣味といいますか、とにかく古美術品を研究するのが大いに流行しました。その結果、文人たちも印を鑑賞・蒐集・研究するようになり、自分でもそれにならってオリジナルの印を持つようになりました」
「じゃあ、芸術になったのはそこから?」
「……ではないんですね、残念ながら。『印をデザインすること』自体はここで芸術として確立しましたが、『印を手彫りする』ことはそもそも行われていませんでした。というのも、当時はまだ、印は金属、象牙や犀の角、木のような固いか扱いづらい材質で作るしか方法がなく、専門の職人さんにしか彫ることが出来なかったんですよ。ですから、文人たちは文字をデザインだけして彫り屋さんにまかせるのが一般的でした。唯一、米元章(べいげんしょう)という有名な書家にして鑑定家だった方が、果敢にも手彫りに挑戦していますが、完全自己流でまだまだ現在のような篆刻には遠いものがありました。それに、彼の後に続く人も、理論を説く人はいましたが彫る人はなかなか現れませんでしたし」
「そりゃね、そんな聞くからに彫りづらそうな材質じゃ、二の足も踏むよねえ」
僕がそう言うと、ひびきさんはぴんと人差し指を立て、
「そこです。その材質の問題が偶然解決を見たことにより、本格的に『印を手彫りする』ことが行われ始め、今のような『篆刻』が起こったんですよ。元代末、14世紀に王冕(おうべん)という画家が『花乳石』――現在では『青田石』(せいでんせき)と呼びますが――という柔らかい石を発見しましてね。この時はまだ一般化しなかったんですが、明代中期、16世紀に文彭(ぶんぽう)という篆刻家が『凍石』というこれも彫れる石を発見してから、石で印を作るのが一般的になって行ったんですよ」
そう言いながら、後ろにあった箱から緑色の石と白くて透明な石を取り出した。
「この緑のが青田石です。初心者向けといわれますが、私が思うにはどのレヴェルの人でも使える石かと。……あと、この白いのが凍石ですね。これは単独だとけっこう固い石で、上級者向けです。他の石の中に塊で混ざったりするんですが、そうなるとその石全体が一気に固くなるという曲者です。見た目は、とてもきれいなんですが」
さらに文彭の功績は、石を発見したことだけではない、とひびきさんは語る。
「この人以前の篆刻家は、趣味で作っていたといっても結局は自分の名前や号を彫っていたわけで、実用印にちょっと趣味入ったくらいのものだったんですよ。ところが、この人はそれだけでなく、古典の文句や故事成語を彫ったんです。つまり、篆刻を実用から引きはがして、一つの芸術にしたのですよ」
「あー、そうなんだ……実用じゃないはんこを彫るようになったら、確かにはんこ屋さんじゃなくて芸術家だよね」
「その通り。その後、清の時代に大流行りしまして、日本にもその少し前に入って来て流行、和漢通じて文人のたしなみのようなものになったんですよ。今もやっている人は多くありませんが、書道の分野として一分野を形成しています」
「え、書道!?石を刻むのに、ですか?」
と、これは皐槻ちゃん。
「あー……普通はそう思われますよね。でも、書道なんですよ。紙に書く書道では、半紙に筆を使い、実用の文字ではなく作品として文字を書きますね。この通常の書道の半紙を石、筆を印刀に置き換えれば、書道だというゆえんが分かると思います。結局道具が違うだけで、概念が一緒だから、というわけです」
「なるほど……その発想はありませんでした。石の上に、刀で文字を『書く』ということなんですね」
皐槻ちゃんがそううなずいていると、不意にチョコが、
「あ、そうだ。ヒビキ、篆刻は結局はんこを作るんだよね?どこで、金鎚を使うの?」
そんな疑問を投げて来た。
そういえば、最初ここに来た目的はそれを訊くことだったな。
「え、金鎚、ですか?なぜいきなり?」
突然脈絡のない質問をされて戸惑うひびきさんに、僕はことの次第を話した。
「ああ、そうでしたか……申しわけありません、一言声をおかけすれば、そのような騒ぎにはならないですみましたものを」
「いや、構わないよ。下駄箱の工具は、みんな勝手に使っていいものだし。で、何でまた?」
「それはですね、印の仕上げに使うんですよ」
「仕上げ……?」
みんなが疑問符を浮かべる中、ひびきさんは手文庫から印の押された2枚の半紙と1本の印を取り出した。
「まずこれが、一旦完成した印を押したものです。こういう印を押した結果を『印影』といいます」
そこには、篆書体で赤く浮き彫りになった印が押されている。
「きれいだね……中の文字も、枠にも一切欠けがない。やっぱり慣れているんだ」
僕がそうほめると、ひびきさんは、
「いえ、これでは駄目なんですよ。確かにきれいに作るのも大切なことですが、それだけでははんこ屋とほとんど変わりません」
首を横に振ってみせる。
「篆刻家は芸術作品として印を作りますので、芸術としての演出が必要なんです。先ほど、篆刻は古い時代の印の鑑賞に起源があると言いましたね。印を長く使い込んだり、使わないまま何十年も何百年もほったらかしにしたらどうなると思います?」
「うーん……そりゃ、押しすぎとか錆とかで、欠けたりうまく押せなくなったりなっちゃうんじゃないかな」
「それですよ。古い印というのは、例外なくどこか印影に異常があるんです。古い印を模範にして成立した関係上、篆刻では『古く見せる』ことを演出として用いることになります」
そう言うと、ひびきさんはもう1枚の紙を差し出した。
「どうですか。枠が潰れたり欠けたりして、何十年も使い込んだようでしょう」
「言われてみれば確かに……」
「これで、本当の完成になります。それで、完成品がこれですね」
そう言うと、ひびきさんは印台から今彫っている石を外し、その印を固定した。
「わ、ふちがぼこぼこ」
「さっきの枠の潰れや欠けは、これによります。このぼこぼこを創り出すための『撃辺』(げきへん)という作業に、金鎚がいるんですよ」
「なるほど、金鎚でたたいて削るわけだ」
「そうです。印刀のお尻を使ってひっぱたく人もいますが、手軽な代わりに不自然になることもあります」
「いやー……想像も出来なかったよ。ふちを壊すのが仕上げで、それに必要なのが金鎚だなんて……」
びっくりしすぎてうまく言葉にならない、という風情で肩をすくめるチョコに、
「いえいえ、しかたありませんよ。何せ、私が篆刻をやっていることすら、お教えしていなかったのですから」
ひびきさんは手を振って答える。
「しかし、こういう石はどこで買うの?普通のお店では売ってないよね」
文房具屋かとも思ったけど、こんな石が売られていたのは見たことがない。
「ええ、書道専門店でないと……幸い、中央通りにそういうお店があるので、そこで大量に仕入れますね、私は」
「専門店か。そういえば、小学生の頃、墨を買いに母さんと行ったことがあるなあ。それで青墨買いそうになって、店の人があわててたの憶えてるよ」
「……小学生が青墨で『そら』とか書いてたら怖いですよ。しかも大抵は松煙墨(しょうえんぼく、松を燃やした煤を使って作る墨)だから高いでしょうに」
「そういうひびきさんは、どんな墨使ってるの?」
「あ、私はごく普通の安い油煙墨(油を燃やした煤を使って作る墨)で……」
そんな感じで、僕らは気の済むまで篆刻用品やら書道用品やらについて、ひびきさんと語り合ったのだった。


「ありがとうございましたー」
店員さんの声に送られ、私が通いつけの書道用品店「小牧書道店」を出たのは、いつもより早い時間でした。
本当なら、ここのご店主とお話をするところなのですが、あいにく用でご不在とか。
まあ、時にはこういうこともありますよね。
「巴林石(ぱりんせき)を、どう使いましょうか。高い石ですから、いい言葉を彫りたいですね」
篆刻の石にも上下があり、一番安いのが寿山石(じゅざんせき)、次が青田石、巴林石と続き、上は果てがありません。
巴林石はここ近年広く出回るようになった石ですが、どこでも高めの値段で取引されています。
今回、1本奮発して買った巴林石を手に取って見ながら、そう私がつぶやいていると、前方から、わあわあと騒ぎながら一群の高校生とおぼしき学生の集団がやって来ました。
……嫌ですね。じじむさい言い方ですが、最近の若い人は品性がない人が多いです。富山の学生がみなそういうわけではありませんがね。
なるべく近づかないように、私が道の左側に寄ろうとした時です。
急に彼らの中の一人が、ふざけてこちら側に飛び出しました。
とは言っても完全に飛び出したわけではなく、集団の中の一人に首根っこをつかまれて引き戻されたのですが、そのまま飛び込んで来ると思った私は、大あわてで北陸銀行本店の前にある広場に走り込みました。
しかし次の瞬間、どすうん、と大きな音がして誰かとぶつかり、広場に倒れ込んでしまったのです。
「だ、大丈夫ですか!?」
正面衝突ではなかったのでしょう、躰の左を下にして倒れた私に、男性の声が飛んで来ました。
「な、何とか……これでも、頑丈なので」
「す、すみません……あの学生連中をよけようとここにとっさに飛び込んだら、前からぶつかってしまって」
どうやら、相手の方は向こうから歩いて来て、私と同じようなよけ方をしたようです。そのせいで、私と偶然ぶつかってしまった、というところでしょうか。
「立てますか?」
「ええ、何とか……少し、打撲気味ですが」
そう言いながら、痛む左半身を押さえて立ち上がった時でした。
「あッ……それ」
唐突に、相手の男性が私の手許を見て大声を上げました。
何かと思って見てみると、
「………!!」
そこには、真っ二つに折れて崩れた巴林石が、無惨な姿をさらしていたのです。
そういえば……さっき、手に持ったままでした!
「これは、申しわけありません。弁償させていただきますから」
そう言って弁償を申し出る男性。
「いえ、そんな……悪いのは、往来であんな馬鹿騒ぎをしていた学生じゃありませんか。ある意味同じ被害者なのに、そんなことをしていただいては」
この方だって偶然転倒しなかっただけで、一歩間違えば私と同じ目に遭っていたかも知れません。
それに、数百円のもので見ず知らずの方のお手を煩わせては……。
「そういう問題じゃあないですよ。誰が悪いにせよ、ぶつかって壊したのは俺なんですから、弁償の義務は俺にあります」
「そ、そうですか……。でも、これはとても特殊な石でして」
あくまで弁償をするという男性に、逃げ口上としてそう言ったのですが、
「あ、巴林石でしょう?」
何と、あっさりとこともなげに言われてしまいました。
この方、篆刻をなさるのでしょうか?普通の人なら、石の名前すら知らないはずなのに。
「それなら大丈夫ですよ。俺の叔父貴が、書道店やっていますから……そこで、弁償させていただきます。受けて下さいますね?」
そう言って、歩き出そうとする男性。
「そうまでおっしゃるのでしたら……お言葉に甘えさせていただきます」
ついに私も観念して、男性の後をついて行くことにしました。
しかしこれ、私が今来た道なんですが……。
まさか、そう思っていると、
「さあ、ここです」
果たして、そこにあったのはさっき私が石を買ったばかりの「小牧書道店」でした。
「ええっ……小牧さまの、ご親戚だったんですか!?」
意外な展開に、思わず私は外では使用を自粛している「〜さま」表現で叫んでしまいました。
しかし男性は、そんなことは気に留めず、
「ありゃ、叔父貴のご常連でしたか。まあ、俺は普段奥に引っ込んでいるので、顔を知らなくてもしかたないですね」
そう言いながら入口の硝子戸をくぐります。
「ただいまー」
「あ、若先生、おかえりなさい……って、主計(かずえ)さん、何で一緒に?」
驚く店員さんに、男性は、
「叔父貴、いるかな。……それとさ、『若先生』はやめてくれよ。普通に本名の『貢』(みつぐ)でいいから」
そう言うと、店の奥の座敷をのぞき込みます。
「おーい、叔父貴。ちょいと、頼みがあるんだけど」
そう呼びかけると、奥からがたがたと音がして、
「何や、貢か。どないしたんや」
関西弁とともに、のっそりとご主人の小牧平六さまが姿を現しました。
「実は……」
小牧さまにことの次第を話し、自分が金を出すから巴林石を1本あげてくれ、と言う貢さま。
「主計はん、そら災難やったなあ……ほな、好きな石を選んでくだはれ」
そう言う小牧さまの言葉に、私はゆっくりと石を選び始めます。
今回の仕入れではいい石がそろった、と店員さんが言っていたくらいなので、比較的簡単に代わりの石が見つかりました。
「それでは、これで」
「分かりました。ええと、うちは消費税どうしてたっけ?」
「もろうとらん。それは……8分角か?700円やな」
「分かった。んじゃ、レジ打っとくわ」
そう言うと、古めかしいレジを打って、千円札と300円を交換する貢さま。
その横で、小牧さまがていねいに石を半紙で巻いてくれています。
それを見ていて、ふと大切なことを思い出した私は、
「あっ、そうでした……さっきは小牧さんがいらっしゃらなかったので、忘れていたんですが」
懐の奥にしまい込んでいた包みを取り出します。
「何や、作品かな?」
「ええ。今回初めて呉昌碩(ごしょうせき)の手法を真似てみたので、是非見ていただきたくて」
「ほな、見せてもらいまひょか」
そう言うと、小牧さまは巴林石の包みと引き替えに、私の作品と印を押した半紙を受け取ります。
実は小牧さまは、「雲洲」(うんしゅう)という号を持つ立派な篆刻家で、本来なら弟子を取れるほどの手練(てだれ)の方なのです。
指導してもらえる方がいない私にとって、このような方がお知り合いにいるのは心強いことです。
「ふーむ……」
半紙の印影を見るや、小牧さまは難しい顔つきになりました。
「どうですか?」
「うーん、いわゆる『呉臭』(ごしゅう)はないんですがな。ただ、線がしゃっちょこばっとります」
「そうですか……」
呉昌碩は清末から民国初期の篆刻家で、この世界で天才的な才能を発揮した人物なのですが、篆書の彫り方が極めて独特で、下手な人が形だけ真似をすると「呉臭がする」などと言われて馬鹿にされるという、何かと癖の強い方なのです。
やはりまだ、私の腕ではその癖を表現し切れていないようですね。
その時、横合いからそれを見ていた貢さまが、
「同意見ですね。『呉臭』と言われるまい、言われるまいと変に意識しすぎているような気がします」
急に口を出して来ました。
「特にその気が見られるのが、この『中』の字。こういう布字(字を印面に配置すること)をするんなら、中棒はすうっ、と引くように自然に伸ばした方がいいでしょう」
「なるほど……肩に力が入りすぎ、というわけですね」
「まあとかく、呉翁は難しいですからね。まずは模刻(真似をして彫ること)からしてみた方が……」
と、そこまで言いかけて、貢さまはいきなり口をつぐみ、ひとつかぶりを振ると、
「ああ、いけねえ。こっち方面には口出ししないつもりでいたのに、ついつい昔の癖が……」
そう言って、不愉快そうに眉をひそめました。
そして、小牧さまが、
「おい、そこまでアドバイスしといて、中途半端で済ますのはないやろ」
そう言って途中で指導を投げ出したことを批難するのに、
「叔父貴、大丈夫だよ……一応、さっきので俺が思ったことは全てだから。……じゃあ主計さん、俺は失礼します」
なだめるようにそう言うと、あいさつをしてそそくさと奥に入ってしまったのです。
とんとんとん、と階段を上がる音がする中、しばし気まずい沈黙が流れました。
「……まったく、あいつは。すみませんなあ、うちの甥が失礼なことしよりましてからに」
その沈黙を破ったのは、小牧さまでした。
口では怒っているようなのですが、顔は何というのか、困惑とも悲しみとも取れるような表情です。
そのあまりにも複雑な表情に、
「いえ、参考になりましたし……それより、何かおありなのですか?」
失礼と思いつつ、私は貢さまのことを訊いてしまっていました。
「う……はあ、あんなところ見られはったら、そら訊きたくもなりますわな。まあ、主計はんはうちの常連やし、話してもええかな」
そう言うと、小牧さまは他にお客さんがいないのを確認すると、静かに事情を語り始めました。
それによると……。
貢さまは、実は「横芝幽碩」(よこしばゆうせき)という号を持った、れっきとした篆刻家なのだそうです。
それも、若い頃からここ富山の書道教室で通常の書道やペンを習っており、漢字・かな・ペンなど主要な書道の分野はすべて教えられる才能の持ち主なのだとか。
大学を出て早々、書道家・篆刻家として自立し、やがて東京にある「墨澤書道会」(ぼくたくしょどうかい)という団体に所属しながら指導を始めました。
「『墨澤書道会』……ですか?」
「ああ、書道団体に属していないと分からんかも知れまへんな。橋戸筑川(はしどちくせん)先生の作られた団体ですわ」
「橋戸筑川……!?戦後書道界の重鎮じゃないですか」
「そうです。その人に、あいつは私淑しとりましてな。是非とも入りたい、と希望して入ったんです」
希望して入っただけに、貢さま――いえ、幽碩さまの書道生活は、とても充実したものになったそうです。
憧れのお師匠さまと、和やかな職場。そして老若男女のお弟子に囲まれ、楽しそうにしているのがうらやましかったといいます。
「それがですな……唐突に崩れたんですよ。筑川先生がご病気で亡くなられて、二代目が会長になった途端に」
「どういうことですか?」
「簡単に言えば、長男だからと器でないくせに継いでしもうたんです」
小牧さまによると二代目の筑川先生の長男は、非常に自己主張が強く時に人に自分の価値観を押しつけるという人格に難のある人で、人望は極めて薄かったのだそうです。
このせいで、多くの有能な先生が愛想を尽かし、会を去ってしまいました。
さらに悪かったのが、この会長の弟が事務局の局長になったことでした。この人は完全に不肖の息子で、幽碩さんに言わせれば「真性の馬鹿」。
自分の気に入らない人間は徹底的にいたぶっていびり出すという情実人事を事務局でやり続けた結果、職員がどんどん減って行き、一人頭の仕事量が大幅に増えて職場は殺伐とした雰囲気になったといいます。
さらにこの兄弟が人前で平気でけんかをするなど、公私混同を公然とするため、会は大荒れに荒れたのだそうです。
……この話に、私はあぜんとしました。
書道団体というと、普通は風流人や文人の集まりのような、穏やかなイメージしかありません。
しかしこれでは、まるで労働基準法無用の、人を使い捨てにすることしか考えていないようなやくざな中小企業ではありませんか。
しかもそれが、大書家の創立した団体だなんて……。
はっきり言って、ショック以外の何ものでもありません。
「でも、それでもあいつは何とかようやりましたわ。職員の人たちがかわいそうやと、少しでも会の雰囲気がよくなるようがんばったんです」
ですがその努力は、結果的に報われませんでした。
そのがんばりぶりが会長の眼に留まり、やり方が気に入らないとマークされました。
その結果、半年前にいきなり会長室に呼びつけられて延々と説教された挙句、その場でくびにされてしまったのです。
完全な情実人事、もはや無茶苦茶です。
幽碩さまもこれには激怒したものの、逆らったところでひっくり返るわけもありません。
しかたなく、心ある職員の方々や先生たちに送られ、会を後にしたといいます。
「ひどい話や、ほんま……あいつほどの才能の持ち主を、気に入らないだけで放逐するなんて」
小牧さんはこの事と次第を、電話で聞いたといいます。
そしてその時、どうするのかという問いに、幽碩さまは富山に帰ると言い、小牧さまのところに寄宿させてくれるよう頼んだのです。
「私は女房を亡くしとりましたさかい、部屋は空いとりましたんや。せやから、ああやって住まわせとるというわけなんです」
しかし、ここで小牧さまも予想外のことが起こりました。
夜行列車で帰って来た幽碩さまが、世話になるとあいさつした後、まず言ったのが、
「叔父貴、鶏血(けいけつ)あるか」
その言葉でした。
「鶏血」とは辰砂(しんしゃ、硫化水銀)の混じった真っ赤な石で、篆刻の石としては高価な部類に入ります。
小牧さまのところでも2本しかなく、発言の意図を分かりかねて戸惑ったそうですが、幽碩さまがあまりに鬼気迫る表情でお札を出しながら言うもので、1本出したのだそうです。
すると幽碩さまは、奥に上がってかばんから篆刻用の道具を取り出し、ものすごい勢いで石を彫り始めました。
それを印譜(印を押す帳面)に押し終わるや、今度は巻紙に何かを書き始めたのです。
そしてそれが終わると、全ての道具をしまい込み、
「叔父貴、これが俺の決意だ」
印譜と巻紙を渡して来たのだそうです。
「決意、ですか……?」
「ええ。私も最初は何やわけ分からん思うて見てましたが、渡されて初めてあいつがどんな覚悟でここへ戻って来よったか知りました」
そう言うと、小牧さまは机の中から和綴じの印譜と、巻紙を取り出します。
そして、印譜の最後の頁が開かれた時、
「………!!」
私は、息を呑みました。
そこにあった印には、
「獲麟」
その2字が刻まれていたのです。
「獲麟」――この言葉は、孔子が書いたといわれる魯の国の歴史書『春秋』にちなむ言葉です。
孔子が亡くなる直前のこと、魯の国内で聖獣である「麒麟」が捕らえられるという事件が起こりました。
しかも捕らえた人たちは誰も麒麟を知らず、気味の悪い動物だと決めつけて現地の役人に押しつけ、帰ってしまったといいます。
これを見た孔子は、大変な衝撃を受けました。
麒麟は泰平の世にしか出ないのに、戦乱の世に出て来ている。
しかも誰も麒麟を知らないので、神聖なはずの姿を気持ち悪がる始末。
この前代未聞かつ人間の堕落をこれでもかと示すような出来事に、孔子は完全に世を見放し、『春秋』の筆を折ってしまったのです。
この故事から「ものごとの終わり」を「獲麟」と言うようになったのですが……恐らく状況的に、元になった故事の方も踏まえてこれを刻したのでしょう。
事実、側款(そっかん、印の横に彫る作者名などの文字)に『春秋』の当該記事が引かれているようです。
次に、巻紙が開かれます。
「漁父辭」(ぎょほのじ)
この3字が見えただけで、私には何が書かれているか分かってしまいました。
「屈原(くつげん)既に放たれて、江潭(こうたく)に游(あそ)び……」
思わず読み上げて、私は涙しました。
「漁父辞」とは、『楚辞』と呼ばれる戦国時代の古詩集にある詩で、楚の国の政治家・屈原の落魄を詠ったものです。
屈原はとても有能・高潔な人でしたが、主君の懐王が暗君であった上、朝廷内に奸臣がのさばっていたために、理不尽な政争に巻き込まれてしまいました。
最終的には江南(長江南岸)に流刑にされてしまうのですが、その時の話を書いたものです。
汨羅(べきら)というところで屈原は船に乗った漁師に、なぜ政府高官がこんなところにいるのか訊ねられ、
「世間が濁っている中で私だけが澄んでいる。世間が酔っている中で私だけ醒めている。だからだ」
そう答えたところ、漁師に、
「濁っているの澄んでいるのと言わずに、世に合わせてみたらどうですか」
と勧められます。
しかし、屈原にはそれは耐え難いことです。
「わざわざ汚れるなど耐えられぬ。この河に身を投げて死のうとも受け入れられない」
と言い返します。
すると漁師は『孟子』にある古歌を歌い、「あくまで世に合わせて生きるのが一番賢い」と言いながら去ってしまいました。
その後、2人は二度と会うことはありませんでした。いや、会おうとしても会えなかったでしょう。
その直後、屈原は絶望の余り、汨羅を流れる汨羅江に入水したのですから。
「こんなんをものしたわけは……もう、大体お分かりですやろ。今後一切書道はやらんと、ほぞを固めたからですわ」
「………」
私は、何も言うことが出来ませんでした。
世間を厭うて筆を擱(お)いた孔子、理不尽な追放に世をはかなんで入水した屈原。
幽碩さまは、この2人に自分を重ねたのでしょう。
あまりにも、悲痛な覚悟であったことがこれからもよく分かります。
「主計はんが訪ねて来れば、あるいは……と思うておったんですが、どうもあきまへんな、今のを見とりますと」
そう言ってため息をつきながら首を振る小牧さま。
「はあ……せっかく才能に恵まれたちゅうに、こないな理不尽ななりゆきで埋もれてまうなんて……」
その言葉が、墨の香漂う店の空気の中に、まるで溶けるように消えて行くばかりでした。






「……何とか、お願い出来ませんか」
「にわかにそう言われましてもねえ……困ったな」
次の日の昼前。
小牧書道店に、必死で頭を下げる私と、戸惑いながらそれに対面する幽碩さまの姿がありました。
――実は昨日、私は幽碩さまがどうしたらやる気を出せるのか、それを考えていました。
余計なお節介、と思わないでもありません。
相手はその日会ったばかり、しかも常連のお店のご親戚というだけのつながりしかない方なのです。
それでなくとも、こういうことは個人の判断なのですから、他人がどうこうしようと思うのはおかしいと、頭では分かっていました。
しかし、結局私は動いてしまいました。
少なくともそうさせる何かがあの話にもありましたし、何よりも私の作品を評した時の幽碩さまの眼が、とても明るいものだったのを見てしまったからです。
どうしようかと、電車の中でしばし献血ルームの広告を見上げていた時、ふと浮かんだのが、雪乃さまがペン字をやりたい、とおっしゃっていたことでした。
雪乃さまはご存知の通り喃語しかしゃべれないので、意思疎通の時には皐槻さまに通辞をしていただくか、自分で筆談するかのどちらかになります。
最近は一人で行動されることも多く、筆談の頻度が上がっているそうなのですが……そこで生じたのが、自分の字に対するご不満だったようです。
聞いた話では雪乃さまの字は完全な独学であるとのことで、常用漢字外の漢字が書けるようになっても、ひどい癖字のままなのが気になるようです。
通信講座でも、と思ったのですが、雪乃さまの書き癖はどうも根本から練習をし直さないと直りそうもないので、字をうまくするためのこれらの講座は向きではありません。
さりとて、周囲に先生がいらっしゃるわけでもなく、この話は塩漬け状態になっていたのです。
もしこれで幽碩さまに何とかご指導をいただければ、雪乃さまも喜びますし、また幽碩さまご自身も心変わりするのではないか、と思ったのです。
さっそく私は、高志さまの帰宅を待ってこの話をしてみました。
「うーん……なるほどねえ。確かに気の毒な話だし、せっかくなら何とかしてはあげたいよね」
「そう思っていただけますか……!」
「そりゃまあ、入水した人に自分を重ね合わせるところまで追いつめられている、と聞いてしまっては、ね」
「本当に、雪乃さまをだしにするようで申しわけないのですが……」
「いや、いいよ。それで人助けになるなら、悪いことじゃないだろ。とりあえず、雪乃に話してみよう」
そう言うと、私たちは庭で遊んでいた雪乃さまを呼び止め、話をしてみました。
ただし、幽碩さまの個人的な事情は一旦伏せました。これから習う先生が断筆中というのでは、雪乃さまも嫌でしょうから。
とりあえず、気難しくて受けてもらえるか分からない、ということにしておきました。
雪乃さまから帰って来た答えは、
『それでも、可能性があるなら受けてみたいです』
力強いものでした。
その答えを受けて、こうして私が雪乃さまにペン字を教えていただけるよう、幽碩さまに頼み込んでいるのです。
「叔父貴……」
困り果てた挙句に、助けを求めるように幽碩さまが小牧さまの方を向きますが、
「なあ、貢。聞いたとこによると、その娘はん、相当苦労されとるようやないか。これから一生、筆談で暮らしていかなあかん、せやから少しでも字がうまくなりたい。口がきけんちゅう境涯で暮らしてはって、そう切に願っておられるのを、お前無下に蹴れるんか?」
「うっ……」
厳しい眼で睨みつけられてしまい、首をすくめます。
「お前の気持ちも分からんではないで。だがな、義を見てせざるは何とやら、そういう男のはずやろ、お前は……。ここは一つ、断筆解いて教えたれや」
「お願いです……どうか、助けると思って……」
小牧さまと私に迫られ、幽碩さまは目まぐるしく表情を変えつつ悩んでいましたが、ややあって、
「……しかたない。そういう事情でしたら、お受けしましょう」
不承不承という感じながら、承諾してくださいました。
「ただし、叔父貴……断筆は解かねえからな。ペン字はあくまで俺にとっては余技だから」
「……ペン字で展覧会に出て賞取るようなやつが、余技とはよう言うわ」
あくまで断筆宣言を解かない幽碩さまに、あきれたように言う小牧さま。
「と、ともかく、その方はいついらっしゃいますかね?俺は暇ですから、今日すぐでもかまいませんが」
「あ、実は、午後買い物にこの辺りに来るはずなので……その時でよければ」
「分かりました。準備をしておきましょう」
そう言うと、幽碩さまは盆の窪に手をやりながら店の奥に引っ込みました。
「……なあ、主計はん。もしかして、貢のやつのこと、気づかってくらはってるんですか?」
その後ろ姿を見送った後、小牧さまが小声でそう私に水を向けて来ました。
「えっ……わ、分かりましたか」
「分からんわけありますかいな。貢は変なところで鈍いやつですさかい、気づいておらんようですがな。あれですか、教える相手がおれば、少しは断筆を解く気になってくれるかも知れんと」
「そ、その通りです。お節介かとは思いましたが……」
「いや、構いまへん。私ですらどうしたものか困っておりましたさかい、策があるなら試してみるに越したことはないですからな」
そう言うと、小牧さまは、
「主計はん、我が不肖の甥のこと、どうぞよろしくお願い頼んます」
ぱっと居住まいを正して私に深々と頭を下げられたのでした。


午後。
携帯電話での連絡を受けて、皐槻さまが雪乃さまと一緒に電車を降りられるのを、私は中央通りの入口で出迎えました。
「あうあうーっ」
雪乃さまは、念願の直接指導が受けられるとあって大変喜んでいます。
意気込みを語って……いや、書いて曰く、
『今こそ「金釘」の汚名返上の時です!』
とのこと。
「金釘」などとは誰も言っていないのですが、まあそれだけ気にされている証拠なのでしょう。
「どうしましょうか、ひびきさん。私は、雪乃さんがペンを習っている間にお買い物をして、それから迎えに来ようかと思っているんですが」
「うーん、練習が長くなった場合、皐槻さまがお待ちになることになると思うので……皐槻さまには先に帰っていただいて、私がお送りするという方がいいと思います」
「あうっ、あうあうあうっ」
「え、『皐槻さんは、お買い物に専念してください』ですか。じゃあ、そうしますね」
そんな打ち合わせをしながら北陸銀行の本店前を通り過ぎ、小牧書道店の前までやって来ました。
「こんにちは、生徒さんをお連れしました」
そう小牧さまに言うと、奥からひょこひょこと幽碩さまが現れ、
「ああ。……どっちの人ですか?」
2人を見て言います。
「あうっ」
それに元気よく答える雪乃さま。
そして、自らレジのところまで進み出て、
「あうっ、あうあう」
そう言いながら筆談用の紙を幽碩さまに渡します。
「『どうぞよろしくお願いいたします』……か。こちらも、短い間とは思いますがよろしく」
「こちらも、よろしくお願いします。恐らく私は迎えに来られないので、ひびきさんに連れて帰ってもらうようになると思いますが……」
「まあ、ご本人たちがいいというのでしたら、私も構いません」
そんな会話の後、皐槻さまが去ると、幽碩さまは、
「じゃ、奥へ入ってください。主計さんも、よろしければどうぞ」
私たちを奥へ招き入れました。
古い街にはよくあることですが、間口の割に奥が深いようで、いくつか6畳とおぼしき部屋が並んでいます。
私たちは、そのうちの客間でしょうか、あまり使われていない部屋に通されました。
「それじゃあ……まず自己紹介ついでに、加積さんの現在の能力を見てみましょうか。そこにあるデスクペンで、その2行書きの用紙に、縦書きで氏名を漢字と平仮名、住所の町名を同じく漢字と平仮名で、自分が思う限りていねいに書いてみてください」
席に着いたところでそう言う幽碩さんに、雪乃さまはしばし戸惑います。
「あ、デスクペンの使い方が分かりませんか……要は、簡易型の万年筆ですよ。蓋を開けて、そのまま書けば大丈夫です。ボールペンでもいいんですが、ペンでやった方が応用が利くので」
幽碩さまの言葉通り、ゆっくりと書き始める雪乃さま。
やがて、「加積雪乃 かづみゆきの」「堀川小泉町 ほりかわこいずみちょう」と書かれた紙が、幽碩さまの前に提出されます。
「ふうむ……」
幽碩さまはそれを見て、指でなぞりながらしばし悩んでいましたが、
「加積さん、もう一枚いいですか。今度はこの文を2行書きで。『黒部ダムでは夏になると』、ここで改行して『環境のため放水が行われる』と。『行う』は漢字で」
もう一度お題を出されました。
雪乃さまがそれを書き終わると、再び幽碩さまはそれをながめ、ゆっくりと口を開きます。
「今書いてもらったのは、漢字・仮名各々の書き癖と、漢字仮名交じりの場合の漢字と仮名のバランス感覚を見るためです」
「漢字と仮名のバランスを?」
「ええ……漢字と仮名は特性が違いますからね。混ぜた場合、大きさなどの点でバランスが大切になるんですよ」
そう私に言うと、しかるに、と言いながらさっきの雪乃さまの作品を広げ、
「まず漢字と仮名の書き癖ですが、漢字のおれの部分を誇張しすぎるきらいがあります。特に『加』の字の『力』の1画目、これはおれというより右上に払う勢いです。ここまでしなくてもいいんですよ。『乃』の2画目も、こんなに階段状にかくかくさせることはないです」
鉛筆で薄くなぞりながら説明して行きます。
「仮名は、やはり漢字と似ていますね。本来なら緩やかなおれ、曲がりであるところが角張りすぎです。平仮名は漢字の草書体から発生した文字なので、漢字よりも違和感が大きいですね」
「あうー……」
「次に、交ぜ書きのバランス。漢字・仮名の大きさが全く同じならよくあることなのでまだいいんですが、書いているうちに字がどんどん大きくなってしまって、最後にしわ寄せが来る状態はまずいです。まあ、加積さんの場合軽度なので気になりませんが、引きずるとよくはないので直してしまいましょう」
「あうっ」
自分の欠点を厳しく指摘されながらも、決意を込めた眼でうなずく雪乃さま。
「では悪いんですが、まずは漢字の癖を矯正するために、片仮名の練習をやりましょう」
その言葉に対し、雪乃さまは、
『片仮名を、ですか?』
首をかしげながら筆談の紙を出します。
「ええ。自分流の指導法なんですがね、片仮名というのは漢字の一部を取り出して文字にしていますので、それを練習すると片仮名だけでなく漢字の書き方まで練習出来るんですよ。さっきの『ダム』を見ていても、漢字とそっくりな癖が出ていましたから、加積さんにはぴったりでしょう」
そこで幽碩さまは少し伏し目がちになると、
「……実言いますとね、嫌がる人もいるんですよ。『小学生じゃないんだから』って。大丈夫……ですかね?」
遠慮がちにそう訊ねましたが、
「あうっ!」
さっきよりも力強いうなずきが、雪乃さまの返答でした。
「それでは、お手本を用意してあるのでこれで書いてみてください」
――それから書くこと4時間余り。
途中で私が中座し、皐槻さまとの対応に出て帰って来た時、
「すごいですね、最初と比べると別人のようだ」
幽碩さんの心底感心したような声が聞こえて来ました。
「どうなりました?」
「ええ、これだけ書いた結果、悪いおれの癖がほぼ消えました。ついでに、『シ』『ツ』の書き分けなどが出来ていなかったのも直りましてね」
その言葉に雪乃さまの膝元を見てみると、30枚近い紙が。
「いやあ、驚きましたよ、加積さんには……そこまで根を入れなくても、と言うのに、のりにのって練習用紙を1冊使い切るまで書いて。俺の方がへとへとですよ」
そうは言いつつも、指導の成果が出たことに喜びを隠せない様子の幽碩さま。
「じゃ、加積さん。今日は、始めに出した名前と町名を書いて、終わりにしましょう」
「あうっ」
うなずくと、2行書きの紙を取り出して慎重に書き始める雪乃さま。
その作品を見た幽碩さまは、
「ううむ、予想以上」
そう言って、満足げにうなずきました。
「漢字に関してはおれの異常、ほとんど消えましたね。ただもう少し、力を抜くともっとよくなるでしょうし、他にも練習する場所はまだあります。平仮名は……と、ひどかった部分は消えましたが、やはりまだですね。曲線の書き方を身につけないと完璧には書けないので、平仮名は別個に練習しましょう」
「あうっ、あうあうっ!」
そう言って、雪乃さまは、
『何でもやらせていただきます、先生!』
筆談用紙を胸の前に掲げます。
「えっ……いやいやいや、『先生』は勘弁してくださいよ、『先生』は。昔取った杵柄、ってだけですから」
大あわてで手を振って「先生」呼ばわりを断る幽碩さまに、
「そないなこと言いながら、まるで初めて自分の指導の効果が出た新米教師みたいな顔しとるんは、どこのどいつや」
いつの間にいたのか、小牧さまが後ろからにやにやしながらいたずらっ気たっぷりに声をかけて来ました。
「お、叔父貴!そ、そんなことあるかよ。俺は、加積さんの根性と上達のすごさに驚いているだけだ」
ぷい、と顔を背けてそれを否定する幽碩さまに、小牧さまは、
「まあ、そういうことにしといたろ」
苦笑しながらそう返します。
早や灯ともし頃となった中央通りには、もうそろそろ夜の買い物客が姿を見せ始めていました。


それから1週間。
雪乃さまは、最初の日の翌日に筋肉痛のためお休みしただけで、毎日ペンの練習に通い続けました。
その上達ぶりは、チョコさま曰く、
「か、金釘なユキノが学校の先生になりそうだよ!?」
まあそれくらい大変な進歩だったということです。
……どうでもいいですが、「金釘」呼ばわりはあなたでしたか、チョコさま。
今では楷書が一通り書けるようになったからと、少しずつ行書にも挑戦しておられます。
と、そんな時です。
いつも通り、雪乃さまを連れて来られた皐槻さまが、
「あの、横芝さん……私にも、字を教えていただけませんか」
ためらいがちに、そう言い出したのです。
これには、私も小牧さまもびっくりしてしまいました。
「え、どうしてまた?」
「ちょっと恥ずかしいんですけど……私、変に骨太の字で。雪乃さんを除けば、私は大家の高志さんと並んで一番琴芝の家の中でも字を書く方ですから、何とかしたいな、と」
その皐槻さまの言葉に、幽碩さんは、
「なるほど、そうなりますとペン字ですかね?」
ぽりぽりと首筋をかきながらそう問います。
しかし、皐槻さまが返した答えは、
「いえ……ペン字ではなく、筆の方をやってみたいんです」
その予想を裏切るものでした。
瞬間、首筋をかく幽碩さまの手が止まったかと思うと、
「……申しわけありませんが、そいつは受けられません」
硬い表情でそう拒絶の言葉が返って来ました。
そうでした、雪乃さまの上達に舞い上がっていましたが、幽碩さま自身の断筆宣言は、まだ撤回されていなかったのです。
「え、なぜ……」
「ちょっと、よんどころない事情がありましてね。勘弁してください」
そう言って、逃げるように奥へ引っ込んで行く幽碩さま。
「……ったく、結局これか!少しは思い直したかと思ったら」
幽碩さまの態度の軟化を喜んでいただけに、悔しげにその後ろ姿を睨みつける小牧さま。
「申しわけありません、うちの甥が……」
「い、いえ、突然教えてくれと言った私もよくないのですし」
しばらく、店内に気まずい沈黙が落ちました。
その中、小牧さんは何か考えているようでしたが、
「……あの、確か桐山はんとおっしゃいましたな?自分の字が骨太、とのことですが、どんな感じか書いてみてくれまへんか」
「え、ええと……こんな感じで」
小牧さんの言われるままに、ボールペンでメモ用紙に名前を書く皐槻さま。
「これは……!」
それを見て瞠目するや、小牧さまはいきなり硯箱を取り出し、墨をすり始めます。
「あ、あの?」
「桐山はん、今書いた要領のまま、墨で『太子洗馬』と書いてみてくだはれ。『太子』は聖徳太子の太子、『洗馬』は洗う馬ですさかい」
戸惑う皐槻さまを置いたまま、ささっと半紙まで準備し、席を譲る小牧さま。
皐槻さまは何が何だか分からないという顔のままながら、言われる通りに半紙の前に正座し、「太子洗馬」と書きます。
「え……」
「やっぱり、な」
その文字に驚く私と、我が意を得たりという声を上げる小牧さま。
そしていきなり、
「えらいこっちゃ、この人、六朝楷書(りくちょうかいしょ)の才能あるかも知れんで」
奥にわざと響くような首の向きでそう言いました。
次の瞬間です。
どたどたと足音が響いたと思うと、
「叔父貴、そりゃ本当か!?」
息を切らして幽碩さまが飛び出して来たのです。
「……ほれ、来よったわ」
ほくそ笑む小牧さまをよそに、皐槻さまの書いた半紙を見て第一声、
「『高貞碑』(こうていひ)が躍ってる……」
それだけ言って、呆然としてしまいました。
「六朝楷書」とは、中国が北側の北魏をはじめとする異民族王朝・北朝と、南側の劉宋をはじめとする漢民族王朝・南朝に二分された南北朝時代(5〜6世紀)、北朝で漢字受容のうちに発達した独特の楷書で、その素朴で野趣あふれる姿に人気があります。
「高貞碑」は北魏の貴族・高貞の墓碑で、北魏で六朝楷書をもって彫られた碑――もっとも当時は紙が一般的でなかったため碑ばかりなのですが――の代表格です。
「これ、本当にあなたが書いたんですか?叔父貴が書いたんじゃありませんよね?」
「あほ抜かせ、わしは篆刻専門や。六朝楷書はよう書かれんわ」
信じられないという様子で念を押す幽碩さまと、疑いをかけられて眉をひそめる小牧さま。
自分の質問にこくこくと皐槻さまがうなずくのを見て、幽碩さまは黙り込んでしまいます。
「どや、わしはこの人、天稟がおありになると思うがな。お前が教えたったら、ものになるんやないか?」
「い、いや、そうかも知れないがな……」
「ええい、『六朝楷書』の単語に反応してここまで駆けつけて来よったくせに、この六朝楷書おたくが。往生際悪いで」
小牧さんがここぞと言わんばかりに畳みかけるのに、幽碩さんは困ったような顔をしていましたが、
「……分かりました。有望な方と分かった以上、門前払いも出来ません。お受けしましょう」
渋々という感じで引き受けてくださいました。
「あ、ありがとうございます。……でも、あんな骨太の字で、女性らしくないのではないでしょうか?」
「いや、そんなことはありませんよ。僕が以前教えた人の中には、女性でもああいった力強い字をものする人はたくさんいました。単に野太いだけなら、おっしゃる通り似つかわしくありませんが、太いなら太いなりに見せる書き方を身につければ大丈夫です。それに、六朝楷書をやっておくと実用で楷書を書く際にも使えます」
そう言いながら、雪乃さまの書いている部屋の一つ奥へ。
「さて、いきなりなんで用意を……」
ささっと用意を終え、まず墨のすり方から。
そして筆の扱い方を覚えるため、いきなり字を書くのではなく横棒や縦棒、おれやはねなどを練習して行きます。
「うーん、主計さんところの人たちは、みんな覚えが早いなあ……」
そう幽碩さまが舌を巻くほど早く皐槻さまは筆の使い方を覚え、1時間後には幽碩さま自らのお手本で書くところまで行きました。
幽碩さまは、「高貞碑」の拓本を眼前にして、筆を持ったままためらっていましたが、ややあって、
「えい!」
そう一声挙げると、力強く臨書(昔の書蹟を模写すること)を開始しました。
「……字の形が、随分と違うんですね」
「ああ、それが味なんですよ、六朝楷書は。詳しい話をするとそれだけで陽が暮れるのでやめますが、統一基準がなかったので『異体字』といって字形の違う字だらけなんです。そもそも我々が活字で見ている字体は、文部科学省や経済産業省が定めたものでしかないですから。書道の字体はそういうものに本来縛られないところにありますので、この六朝楷書だけでなく他の時代のものにもいっぱいありますよ。戸惑っていたらきりがないくらいに」
「なるほど……勉強になります」
やはり小牧さまが言われる通り、よほど好きなのでしょう。
皐槻さまが書いた作品に指導をし、ついでに碑の解説や見つかった過程、そして「六朝楷書」とは何なのか、どう評価されたのかという話を断続的に続けます。
熱っぽく語る幽碩さまに、皐槻さまは少々眼を白黒させながらもついて行っています。
むろん、もう一人教えている雪乃さまの方を見に行くことも忘れません。
これで知ったのですが、幽碩さまはやはり指導者としての天性があるように思います。
でもそれは偶然に受講者が増えたからこそ、分かったことでもあります。
(これは、天のいたずらか何かなのでしょうか?)
そんなことを思って、私は夕暮れの空に薄く見え始めた一番星をあおいだのでした。






しかしやはり、天というものはいたずらなようです。
数日後、今度はチョコさまが、ペンをやりたいと言い出されました。
どうやら、遊び相手でもある雪乃さまの字がどんどん上達するのがうらやましくなり、対抗心を燃やしたようです。
「金釘の雪乃が学校の先生みたいになれたんだ、ボクなら校長先生になれる!」
よく分からない意気込みをするチョコさまに、
「なーにわけの分からないこと言ってるのよ……。対抗心だけで習いごとすると、続かないって言うわよ?」
ほのかさまが釘を差します。
しかしその言葉に、チョコさまは萎縮するどころか、
「むっ、ホノカ!ボクの本気を疑ってるな!?」
びしいっ、と指を差して自信満々に言い出します。
「ホノカたちには隠していたけど……これを見よー!!」
そう言ってチョコさまが取り出して来たのは、すごい量の紙束。
見てみると、その全てが平仮名・片仮名や漢字を練習した紙でした。
「こ、これは……いつの間に」
「しかもこれ、微妙に上達してないかしら?ねえ、ひびきちゃん」
「え、ええ」
ここまでされては、一時的な対抗心だと一蹴するわけにも行きません。
チョコさまが、努力する時は努力する方だというのは、郷土史にのめり込まれた時にも証明されていますから(「街」参照)。
結局、チョコさまを心配するほのかさまと一緒に、小牧書道店まで頼み込みに行くことになったのでした。
「ええっ、今度はその人がペンを!?」
「ええ、雪乃さんのお友達で、佐伯チョコさんと申します」
3度目の「生徒」来訪に、幽碩さまもさすがに眼をむいてしまいました。
……いやその、私もこんなことになるとは思わなくて、驚いてますので。
「雪乃はんのお友達いうことやったら、ええんやないか?友達同士で、互いに腕を磨き合うのも勉強やし」
小牧さまがそう言うのに、幽碩さまは、
「……まあ、叔父貴の言うことにも一利あるし、1人が2人になったくらいなら……」
そう答え、チョコさまを「生徒」に加えることを認めてくださいました。
「やたーっ!これで雪乃と勝負出来るぞー!!」
喜ぶチョコさまを、幽碩さまが奥へ連れて行こうとした時でした。
ここで、青天に霹靂が走りました。
さっきから書道関連の書籍をちらちらと読んでいたほのかさまが、
「あの……確か、こちらの先生は、教えるのがお上手なんですよね?」
そう小牧さまに語りかけました。
「ええ。まあ、『先生』とは本人は認めとりませんが……元は何十人もの生徒を教えた身ですさかい、教えるんは天性みたいなもんですわ」
その答えに、ほのかさまが、
「では、アタシに仮名を教えてはもらえないでしょうか?」
唐突にそんなことを言い出したのです。
「……は?」
この発言に小牧さまはあぜんとして固まり、
「ぶっ……」
幽碩さまは柱にもたれかかって、漫画のようにずるずると腰砕けになってしまいました。
まさかここで4人目が出るとは、誰が想像し得たでしょうか……。
ほのかさまによると、
「元々、アタシはどんな本でも読む人間で、書道の書蹟集なんかも見るんです。でも、漢字は何が書いてあるか分かっても、仮名はなかなか読めなくて。それで読もうと苦労して読めるようになったら、今度は仮名を書きたくなってしまったんです」
とのこと。
「まあ……気持ちは分からんではありまへんな」
あっけに取られながらも何とかそういう小牧さまに対し、幽碩さまは腰砕けのまま動きません。
「おい、貢。どないすんのや」
その様子にじれて、小牧さまがそう呼びかけた時でした。
急に幽碩さまがすっくと立ち上がったと思うと、
「分かりましたよ、俺の負けですわ……もうこうなったら、どんと来いです。『先生』の号も、甘んじて受けましょうや」
活(かっ)と眼を見開き、私たちにそう宣言したものです。
「じゃ、じゃあ断筆は……」
「反故ですよ、ここまで来たらこだわってもしょうがない」
続いての断筆撤回宣言に、小牧さまが心から喜びの表情を浮かべるのが見えます。
「ついでだ、5人目を俺から指定しましょう。まあ言うまでもないでしょうが、主計さん、あなただ」
「え……?」
「え、じゃないでしょう、え、じゃ。篆刻、アドバイスしなくてもいいんですか?」
「え、いや、そんなことは。よろしくお願いします」
そう言って私はあわてて頭を下げました。
「じゃあ……どうするかな。5人だと、書道教室の形式が一番だ。……叔父貴、俺たちが今使ってるあの部屋、襖取れたっけ?」
「ああ、取れるで」
「よっしゃ、じゃあ即席で作るとしますかね」
そう言うと、幽碩さまは既に席に着いていた雪乃さまと皐槻さまに一時避難してもらい、部屋の間の襖を外して廊下へ持ち出します。
そして、机を少しずつずらして後退させた後、奥の方に空いたスペースに2階から長めの文机を持って来て収めます。
どこからどう見ても、立派な「書道教室」の完成です。
「おい、叔父貴も主計さんの時なんかは協力してくれよ!俺を本気にさせたのは叔父貴でもあるんだからな!」
「分かった、分かったからそんな鼻息荒くすな」
やけにヴォルテージを上げた幽碩さまに、小牧さまはそう答えて嬉しそうな、困ったような笑みを浮かべたのでした。


それから2ヶ月間。
横芝幽碩さま率いる「横芝書道教室」では、みっちりと各人に指導が行われました。
指導日も毎日ではなくなりましたし、指導方法も通常の書道教室のように生徒に課題を書かせて持って来させ、添削するという形式になり、当初の個人指導は少なくなりましたが、決定的なミスや直りづらい癖、そして便利なテクニックがある時などは、個人指導となりました。
特に私は篆刻で、彫り方にも指導が必要になるため、私が出る日はやや個人指導が多くなります。
しかし、やはりプロの方は違うものですね。
「え、そんなやり方がありなんですか!?」
教えていただいた技法に、何度そう驚いたことか。
簡単なようで難しい漢印(漢代の印)の模刻にも、助けられながら挑戦しました。
かの有名な「漢委奴國王印」(かんのわのなこくおういん)の模刻をやり遂げた時には、思わず万歳してしまいました。
しかし何より変わったのは、幽碩さま自身ではなかったでしょうか。
最初、雪乃さまを指導することになった時も、皐槻さまを指導することになった時も、指導している最中は夢中なのですが、そこから離れるといつも通り、というありさまでした。
ところがこの書道教室に移ってから、幽碩さまの顔が生き生きとして来ました。
むろん、複数の生徒相手に指導をしているわけですから疲れはありますが、それでも、
「眸が輝いている……」
このことは、どんな状況でも変わりません。
こういう方なら、お弟子が何十人とついたのも、分かる気がします。
そして、5月の連休を控えたある日。
その日は、珍しく全員そろいの日で、ついでに見学者として高志さまと魔女も来ていました。
「すごいねえ……随分エネルギッシュな先生なんだ。僕らの学校の書写の先生なんか、『適当に書いとけ』みたいな投げやりな感じだったもんな。生徒にとっては、絶好のさぼり時間」
「学校の書写の先生は、専門家じゃないですからねえ。そりゃいい加減になりますって」
皐槻さまの臨書した張黒女墓誌銘(ちょうこくじょぼしめい、北魏の貴族の墓誌銘、「墓誌」とは棺の上に埋める形式の墓碑)を見ながら、そう答えます。
「ああ、でもそうかも。昔は科目に『書道』があったって聞いたことがあるわよ」
「戦後、なくなったんです。『道』のつくものは全部駄目、ってんで。そりゃないですよ、マッカーサーさんって感じです」
ほのかさまの臨書した寸松庵色紙(すんしょうあんしきし、伝紀貫之筆の『古今和歌集』の写本)に朱を入れ、片手を振って答えます。
「GHQも、大きな改革をいっぱいしたけど乱暴なことも随分したからね。内部では、急進派を押さえるのに穏健派が躍起だったとか」
「ま、そういう意味では功罪両方ありますな。功罪あると言いますと、当用漢字表なんかもそれですか」
雪乃さまの書いた石川啄木の短歌に、もう少し中心をそろえるように、と言いながら答えます。
「聞いた話だと、『当面これくらい使えばいいよ』という指標だったのが、いつのまにかお役所や学校の漢字制限に化けたって話よ」
「よくご存知ですね。役人ってのは、易き方に易き方に流れますからね。いけ好かないったらありゃしない」
チョコさまの書いた小林秀雄の随筆に、ここは思いっ切りよく、と赤丸で囲みながら答えます。
……うーん、指導をおろそかにせずに外野との会話が成立しますか。幽碩さまの頭の中は、一体どうなってるんでしょう。
「変な先生ですやろ?何でも、指導の最中に別の生徒の質問を受けていたら、あんな風に出来るようになったそうなんですわ……おっと、そこ彫り残し」
私の横では、店番を店員さんにまかせて、小牧さんが指導してくれています。
とか何とか言いながら小さなミスを眼ざとく見つけるあたり、叔父・甥の関係でも血は争えませんね。
やがて、終了時間の5時がやって来ました。
「ありがとうございましたー!」
みんなであいさつをして、解散です。
「皐槻ちゃん、今日の夕飯どうするの?」
「あ、行く前に下ごしらえしてありますから、すぐに作れますよ」
「やたーっ!ごっはっん、ごっはっん」
「あうあうー、あうあう」
「え、『ローレルを切らしてますよ』ですか?それは買いに行かないと」
めいめいにみなさまがこの後のことを話し合う中、私も道具を片づけ席を立ちます。
と、その時です。
「すみません、主計さん。みなさんに内緒で、ちょっとそこまでつき合ってもらえませんか」
「え……?何の用事でしょうか?」
「少々、相談したいことがありましてね」
幽碩さまの深刻な表情に断れず、こっそり気づかれないようにみなさまと別れました。
すると幽碩さまは、商店街を東へ歩き始めます。
そして、その突き当たりにあるいたち川の川辺、東橋の袂で、足を止めたのです。
「すみません、遠いところまで連れて来てしまって」
「いえ、かまいません……で、ご相談とは?」
こんな夕暮れ時には人気のあまりないようなところに、わざわざ連れて来ようというのです。
恐らくは重要なことだろうと踏んで、私は慎重に言い出しました。
「実は、叔父貴にはもう話してあるんですが……俺、古なじみの先生方から、書道団体を立ち上げないかと誘われているんですよ」
「えっ……書道団体を?」
「ええ」
幽碩さまの話すところによると……。
今月に入ってから、例の墨澤書道会から5人ほどの先生がまた辞めたのだそうです。
それも、今回は創立者の橋戸筑川先生の直弟子である方が、ついに会を見限って去ることになり、同会はすさまじい騒ぎになっているとか。
それはともかく、その直弟子の先生が幽碩さまに、
「筑川先生の出身地・大阪で、もう一度先生の理想を受け継ぐ団体を立ち上げないか」
そう持ちかけて来たのだそうです。
「むろん、俺に否やはありませんし、叔父貴だって地元で埋もれてしまうより、そうやって活躍の舞台を得られるなら乗るべきだ、と背中を押してくれました」
ところがそこで気になったのが、ここで開いている「横芝書道教室」のことだったのだそうです。
「主計さんもよくお分かりとは思いますが、みなさん、俺の授業を一生懸命受けてくれています。まさか、富山にお住まいの方に通ってくれというわけにも行きませんから、この誘いに乗れば自然、指導を打ち切らなければいけません。せっかくあそこまで本気で受けてくれているのに、置いて行くのが正しいのかどうか……」
そう言って顔をうつむける幽碩さんに、私は、
「お話は、うかがいました。でも、一つ訊かせてください……それなら、みなさんにもお話しすべきでは?」
大きな疑問をぶつけました。
「もちろん、みなさんにもお話はするつもりですよ。それが筋ですから」
「じゃあ、何で私だけ先に?」
そう問うと、幽碩さまはゆっくりと瞑目すると、
「……主計さんは、俺の恩人だからですよ」
静かに言った。
「主計さんは墨澤を放逐されて断筆までしていた俺に、指導を望む人を連れて来てくれた。元々指導者の俺に、指導することの楽しみと充足感を思い出させるためにね」
「………」
「そのおかげで、俺は指導者としての生き甲斐を思い出せた。そして、あんな『亡くなった創立者の血筋』という虚飾にすがって、書道の『道』からも世の『道』からも外れて行っている団体に追い出されたごときで、『断筆』と称してくさっているのが、急に馬鹿らしくなったんですよ」
「………」
「だから、俺にとって主計さんは恩人なんです。その恩人に、先に意見を聞きたかったんです」
そう言って真摯な眼を向けて来る幽碩さまに、私は、
「理由は、よく分かりました。ですが、それには大きな間違いがありますよ」
「え?」
「幽碩さんは、私が全員を連れて来たと思ってらっしゃいますね?」
「そうじゃないんですか」
「違います。確かに私は幽碩さんがこのまま埋もれるのは惜しいと、策を練っていました。しかし、それで実際に連れて来たのは雪乃さん1人だけですよ」
「えっ……」
恐らく、本当に4人とも私が連れて来たと思っていたのでしょう、夕闇の中で幽碩さまの眼が点になるのが分かりました。
「皐槻さんも、チョコさんも、ほのかさんも、まだその段階では引き込むつもりはありませんでした。いずれはそう出来れば、その程度の考えしかなく……。ですがその前に、みなさんが自分から入門してしまいました。みなさんは、自分の意思で幽碩さんの許についたんですよ」
「そんな、どうして……俺は、加積さんにしか教えていなかったんですよ」
その問いに、私はゆっくりとほほえむと、
「雪乃さんが、幽碩さんのすごさをみなさんに話したんですよ。金釘文字の自分にとても真摯に一生懸命教えてくれて、これなら本当にうまくなれそうだ、と」
東橋の欄干(おばしま)に手をかけて答えました。
「それに皐槻さんが是非とも習いたい、と言い出して……そこからも同じですよ。皐槻さんの話を聞いて、チョコさんも習いたい、と。ほのかさんも決めたのはあの場でいきなりでしたが、後で聞いたらやはり皐槻さんの話からでした」
「そんな……じゃあ、主計さんにとっても、全員が入門したのはある意味番狂わせだったと」
「番狂わせとまでは言いませんが、策の内にありませんでしたし、予想していなかったのも事実です」
「………」
欄干から手を離し、黙り込んだ幽碩さまに歩み寄ると、
「こんなことが起きた理由は、ただ一つ。……幽碩さん、あなたが人徳ある指導者だから、ですよ」
その顔をのぞき込むようにそう言いました。
「そ、そんな、俺は、そんなたまじゃないですよ……」
「いいえ、あなたがいかに否定しようとも、現実が証明してしまいました。ご存知ですよね、李広のことは」
「あ……」
李広は前漢代の将軍であり、戦功を認められずに憤死した悲劇の武将です。
しかしここで私が言いたいのは、その話ではなく、李広の人柄のことです。
『史記』の「李将軍列伝」によれば、李広は褒賞は全て部下に分け与え、飲食も兵卒とともにしました。
泉を見つければ兵卒に優先して飲ませ、食事も兵卒が食べ終わるまでは食べませんでした。苦楽を兵卒と共にしようとしたのです。
李広自身はとても朴訥な人で、口べたというある意味武官向きではない人でしたが、その人徳ある人柄に惹かれて多くの人が彼を慕いました。
その死の時には、国中が悲嘆に暮れ、下手な政府高官よりもたくさんの人々が葬列に参加したといいます。
「そんな、そういう人と比べられるような人間じゃ」
「あれを見ても、そう言えますか?」
橋の欄干に手を置き、なおも謙遜する幽碩さまに、私はそう言うと、
「みなさん、もういいですから出て来てください」
上流の方にある暗がりに声をかけました。
すると皐槻さまを先頭に、ぞろぞろとみなさんが出て来ました。
「……すみません、急に姿が見えなくなったので探していたんです。それで見つけたと思ったら、真面目なお話のようだったので、顔を出す機会を失ってしまって」
深々と謝るみなさまに、私は、
「まあ、私もこっそり抜け出してしまいましたから、おあいこですよ」
そう言って取りなします。
「それで、今のお話は聞いてらっしゃったんですね?……改めて訊きますが、皐槻さん、チョコさん、ほのかさん。3人とも、自分の意思で入門したんですよね?」
その問いに、一斉にうなずく3人。
「これで、分かっていただけましたか」
「………」
その姿に、幽碩さまはうつむきながら静かにうなずきます。
「話が、ずいぶんずれてしまいましたね……本題に戻りましょう。みなさんも、お話は聞きましたね?」
「ええ……お知り合いの先生に、誘われているとか」
「それで、みなさんの意見はいかがですか?幽碩さんは、みなさまを置いていくのが忍びない、と迷っておいでですが」
私がそう言うと、みなさまは少々戸惑ったようでしたが、ややあって、
「それは、乗った方がいいと思います。せっかく教わったのに、という気持ちもありますが、私は先生に飛躍してほしいです」
皐槻さまが口を切りました。続いて、
「先生、前いたとこでひどい目に遭ったって聞いたよ。大阪で一花咲かせて、そいつら見返してやろうよ」
チョコさまが口を開き、
「同意見ね……本当の指導者のあり方を、見せてやってくださいよ。こんなところで終わってしまったら、もったいないじゃないですか」
ほのかさまがそれに応じ、
『お別れは寂しいですが、今生の別れじゃありません。ここで私たちにかまけているよりも、ご自分が飛躍する方が先ですよ』
雪乃さまが筆談用紙に書いた文字を街燈に照らして見せます。
「私の意見は……みなさんと一緒です。幽碩さん、いえ幽碩先生、私はあなたがこの富山で一生を終えるも一つの道だとは思います。しかし、せっかく飛翔出来る機会を逃して、あなたの才能は生きないと思うのです」
そう私が言うと、幽碩さまは、
「……でも、俺がいなくなったら、みなさんはどうするんです?」
不安そうに訊ねて来ました。
「簡単なことですよ。先生が作る団体の雑誌を、購読すればいいだけの話です」
「先生の叔父さんに聞いたんですが、ああいう雑誌には作品を直接先生に送る『添削』という制度もあるそうですし」
「じゃあ、直接見てもらうことも出来るんだあ。それで大丈夫だよ」
『いざとなったら、大阪まで行けばいいだけの話ですしね』
「そうそう、それくらいやっても損はないでしょう。ですから……安心して、大阪に行って来てください」
私たちが口々にそう答えると、幽碩さまは、
「そうか……」
そう言うと、ゆっくりと橋の欄干から手を離し、
「ありがとう……みんな、ありがとう……」
眼を押さえながら、深々と頭を下げたのでした。
青葉の枝を通り抜けたともしびが、その手からこぼれる涙を、静かに照らしています。


5月1日。
僕たちは、富山駅の1番線ホームにいた。
眼の前には、福井行の普通列車が止まっている。
「よいしょっ、と……」
その列車に、幽碩さんが大荷物を抱えて乗り込んで行く。
「よかったんか、特急やなくて」
「いや、普通列車の方が気楽でいいよ。どうせ、今日中に大阪に着けばいいんだから」
「のんきなやっちゃなあ」
そんな会話が、小牧さんと幽碩さんの間で交わされる。
そう、この列車で、幽碩さんは大阪へ旅立つのだ。
あれから結局、幽碩さんはひびきさんたちの言葉で決心を固め、大阪での新団体結成に参加することになった。
それに伴い、2ヶ月続いた「横芝書道教室」は閉講となり、昨日最終指導が行われた。
僕も見学者として参加したけれども、とても最後とは思えない、いつもの雰囲気の指導だった。
しかし、終了の5時になった瞬間、誰からともなく拍手がわき上がった。
総立ちで拍手を送る僕らに、幽碩さんは直立不動のまま、天井を仰ぎ見て一筋、涙を流した。
そして、一夜明けた今、まさに旅立ちのためにこのホームへやって来たのだ。
列車に乗り込み、窓を開いた幽碩さんは、列車の前で見送りに立つみんなに声をかけた。
「みなさん、ありがとうございます。わざわざ、見送りにまで来てくださって」
「いいんですよ。お世話になった方を見送らないのは不義理というものです」
そのひびきさんの言葉に瞑目してうなずくと、幽碩さんは、
「加積さん」
門下生を1人ずつ呼び寄せ始めた。
「あうっ」
「最初の頃の悪い癖は、全部潰せました。それだけでなく、行書も書けるようになったのは素晴らしい。ただ、ペン字の世界は深いですから、実用だけにとどまらずもっと研究してみることをお勧めします。臨書するのも、面白いですよ」
雪乃は、すっかり手についたデスクペンを筆談用紙に走らせると、
『ありがとうございます。是非とも挑戦してみます』
そう書いて示した。
「次に、佐伯さん」
「はいっ」
「あなたの伸びも素晴らしい。ただ、時間がなくて行書をしっかり教えられなかったのが心残りです。最初は形を真似するだけでもいいですから、着実に力をつけて行ってください」
「わかりましたっ。ユキノに及ばなかったのが残念ですけど、がんばりますっ」
そう言って小さくガッツポーズを取るチョコ。
「次に、桐山さん」
「はい」
「正直、驚きましたよ。六朝楷書の臨書だけでなく、方筆(角張った運筆法)の意を理解して通常の楷書に応用出来るようになるとは。ただ、鄭道昭(北魏の書家)の円筆(丸めの運筆法)は教えられないままでした。こちらについても、ぜひ臨書などをして試行錯誤を重ねてみてください」
「分かりました。鄭道昭は気になっていたので、是非とも」
胸の前で手を合わせながら、ほほえむ皐槻ちゃん。
「次に、櫻井さん」
「はい」
「半紙に関しては、ほぼ完璧です。難しい『継色紙』(伝小野道風の和歌集の写本)の散らしをよくマスターしました。ただ、條幅が教えられなかったのが本当に残念です。仮名條幅はこつがいりますからね。これもやはり、試行錯誤をしてみてください」
「了解です。とにかく、やってみます」
右手の親指を立てながら、そう言うほのかサン。
「最後に……主計さん」
「はい」
「随分と、彫りが洗練されました。思い切りのよさも見えて来ましたし……。何より、呉昌碩の刻法をマスターしたのは相当なものです。ただ、プロの真似をするだけでは駄目ですよ。是非とも、自分なりの彫り方を見つけて行ってくださいね」
「分かりました。これからも、研鑽に努めます」
ひびきさんがそう言って頭を下げると、幽碩さんは、
「あ、そうだ……主計さんに差し上げたいものがあったんですよ」
そう言うと、かばんの中から何かを取り出した。
「えっ、そうなんですか……奇遇ですね、私も幽碩さんに差し上げたいものがあったんです」
ひびきさんも、懐から何かを取り出す。
「どうぞ。俺の、座右の銘を彫った印です。つまらないものですけど、お納めください」
「あ、またしても奇遇な……私も、座右の銘を彫った印なんですよ」
「じゃあ、篆刻家同士での印の交換と行きましょうか」
そう言うと、幽碩さんとひびきさんは列車の窓越しに印を交換した。
2人が包みを開いたのは、同時だった。
「『桃李成蹊』……こんなところまで、一緒でしたか。でも、よい言葉を座右の銘とされています」
「主計さんも、同じく。あなたらしい」
「桃李成蹊」――この言葉は、聞いたことがある。
先日、ひびきさんが幽碩さんと話していた時に出て来た『史記』の「李将軍列伝」で、司馬遷が将軍を評して言った言葉を縮めたものだ。
「桃李言わざれども、下自ずから蹊(こみち)を成す」
桃や李の木はものを言わないが、その花の香や実の甘露を慕って自然に人が集まるように、徳のある人の周りには自然に人が集まる、という意味だ。
人間こうありたいと思うし、それに幽碩さんにふさわしい言葉だと思う。
「あ、その石ですが……幽碩さんに弁償していただいた、あの巴林石を使わせていただきました」
「そうですか……!もったいないことを」
「いえ、いいんです。恩師のためですから」
そう言うと、ひびきさんは時計を一瞥し、
「もう、発車まで数分なんですね」
寂しそうに言った。
「幽碩さん……私も、文人の端くれです。是非とも『陽関三畳』(ようかんさんじょう)の礼をもって、首途(かどで)を送らせていただきたく存じます。白居易の詩に基づく、あまり日本では行われない唱法ですが……受けてくださいますね?」
「分かりました、受けましょう」
幽碩さんがそう言うと、ひびきさんは列車から下がり、
「王維作、元二の安西(あんせい)に使いするを送る」
腹に力を込めて吟じ始めた。

 渭城(いじょう)の朝雨 軽塵をうるおし
 客舎青青(かくしゃせいせい) 柳色新たなり
 客舎青青 柳色新たなり

そこまで歌い上げたところで、発車メロディが鳴る。
扉が閉まると同時に、ひびきさんはゆっくりと金沢方向に躰を向けた。

 君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
 君に勧む 更に尽くせ一杯の酒

吟じ続けるうちに、電動機の低いうなりとともに列車が動く。
そして一瞬、がたん、という小さな振動とともに減速すると、再び静かに福井へ向けて加速を始めた。

 西のかた陽関(ようかん)を出づれば 故人無からん

そうするうちにも、列車は速度を増して行く。
幽碩さんが乗った最後尾の車輛を追いかけて、ひびきさんは、ついに走り出した。

 西のかた陽関を出づれば 故人無からん……

最後は、絶唱であった。
しかし幽碩さんには無事届いたらしく、窓から手を振るのが見えた。
それに対して、ひびきさんは足を止め、手を振り返す。
そして、幽碩さんが見えなくなったところで、静かにその手を最敬礼に持って行く。
列車が遠く、豆粒になってしまうまで、彼女はそこで凝(じっ)と立ち尽くしていた。
そして、まるで西域の砂漠の中に放り出されたかのような静寂が、ひとときホームの上に落ちる。
それを確認したかのように、ひびきさんは振り返ると、
「……さて、戻りましょうか」
そうつぶやくように言い、ゆっくりと僕らの先に立って改札口へ歩き出した。
その眼に、涙の跡があったように見えたのは、僕の眼の錯覚だったのだろうか……。
それは誰にも分からない。
いや、分からなくてもいいような、そんな気がした。
遠くのホームに停まっていた回送列車が、ゆっくりと直江津方面へ引き返して行く。

<つづく>
(平21・4・29)
[平21・5・1/補訂]
[平21・5・14/再訂]
[平21・5・19/三訂]
[平30・6・23/四訂]

[あとがき]
 どうもこんにちは、作者の苫澤正樹です。
 「とやまはっぴ〜だいあり〜」第4話「桃李成蹊」、いかがだったでしょうか。
 前話重苦しかったのから転じて、ようやくシリーズ名の「はっぴ〜」にかなう話となりました。相変わらず、少々シリアス風味ではありますが……。
 今回は弁解のしようもなく、趣味全開の状態です(汗)。もうお分かりかも知れませんが、実は私は書道、なかんずく篆刻を趣味としているほか、書道史、さらにはその補強として漢詩文や中国史(主に南北朝以前)を趣味にしていまして……。
 それを今回、ひびきさんに反映してやってしまいました。第2話の「涼州詞」でも詩吟を披露していた彼女ですが、今度の話では私がはっちゃけたために、篆刻はするわ、漢詩文や中国史に詳しいところは見せるわ、もう完璧に文人になってしまうありさま。この作品群の上に掲載しているKanonSSの「花ざかり」でも美汐(ヒロイン・澤渡真琴の友人)を日本上代文学・神道好きにしたり、香里(ヒロイン・美坂栞の姉)を鉄道愛好家にしたりしている例から分かるように、私はSSで自分の趣味を登場人物の誰かしらに設定としてもぐり込ませる癖がありまして……。その結果、こちらでは登場人物の中でも渋い性格(と私が勝手に思っている)のひびきさんに文人となってもらったわけです。書道の方は専門の方でないと分かりづらい面が多いでしょうが、中国史や漢詩文は割合に趣味とされている方が多いので、そちらは比較的お分かりいただけると思います。少なくとも流行歌ねたよりは分かる方がいらっしゃるかと……(汗)。
 なおひびきさんが、最後列車を見送るときに唱えた「陽関三畳」ですが、この作品中では本人のせりふにある通り特殊な唱え方となっています。日本では頭から順番に唱え、結句の「西のかた陽関を出づれば 故人無からん」まで唱えた後、「無からん 無からん 故人無からん」と結ぶのが普通だそうです。もっとも、「陽関三畳」は「王維の『送元二使安西』を3回繰り返す」ということ以外によく分かっておらず、古来からいろんな説があります。ひびきさんの唱えた、承句・転句・結句を2度繰り返す方法は、白居易の詩の中で「『陽関三畳』の4節目のように、別れなのだから飲みたまえ」とあり、自分で「4節目とは『君に勧む 更に尽くせ一杯の酒』のことだ」と註をつけているのにちなみます。また北宋の詩人・書家だった蘇軾は「各句を3回繰り返した後頭から1度吟じる」「各句を3回繰り返す」「承句のみ繰り返す」という3種類の歌い方があった、といいます。この他にも、全句を2度ずつ繰り返す、全文を4回繰り返す、結句だけ3回繰り返す……きりがありません。要は、よく分からないということのようです。アレンジされて古琴曲(中国式の琴を用いた曲)にもなるくらいで、「螢の光」的存在だけに本当のところを知りたいところですが……。
 あと幽碩が放逐されたという書道団体のモデルについてですが、これに関しては詳しいコメントを差し控えさせていただきます。ただこのような書道団体が現実に日本のどこかに存在しているということ(むろんアレンジはしてありますが会の荒れぶりは同じです)、そしてそれを知り得る立場にかつて私があったことのみを申し述べておきます。
 それでは、また5話目でお会いいたしましょう。


[追伸]
 当シリーズを以前ご覧になった方ならば気づかれているかも知れませんが、この前にあった話1本を平成30年6月23日限りで削除いたしました。
 理由は流血描写や襲撃など、余りにシリーズ名の「はっぴ〜だいあり〜」ばかりか、元ネタの『はっぴ〜ぶり〜でぃんぐ』を踏まえた際にもそぐわないと判断したためです。
 勢いで書いてしまいながら年単位で悩み続けていたものを、今回実行させていただきました。もしご不快になられた方がいらっしゃいましたら心よりおわび申し上げます。
 なおこの削除の影響を受けまして、これ以降話数が1話ずつ繰り上がっております。悪しからずご諒承ください。

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