富山軌道線電停めぐり


5.西中野 にしなかの

所在地:富山市西中野本町6

西中野電停全景
1999.3.11

 さて、このあたりから道は市の中心部へ近づいて行きます。ここ西中野の電停は、ちょっとした商店街の中の小さな十字路にある電停で、結構地元の人の乗り降りがあります。付近は実に閑静な住宅街で、ちょっとした川なども流れ、いい感じです。

 で、実はここにはちょっと変わったものがあります。それが、西中野電停のほぼ真ん前にある「白山社」という小さな神社です。

西中野電停前の「白山社」
1999.3.11

 この神社、鳥居脇の石碑に書かれている「村社」の社格通り、本当に地区の鎮守といった感じの小さな神社です。境内もそれこそ猫の額ほどしかありませんし、社殿も小さいです。ただ、近所の方が掃除しているのか、こぎれいにはされていました。
 これの何が変わっているのかといいますと、この「白山社」と電車通りをはさんで斜向かい(というほど近くもありませんが)に、同じ「白山神社」があるんですね〜。

広貫堂前〜西中野間にある「越中白山総社」
1999.3.11

 この「白山神社」、正式には「越中白山総社」といいまして、その名の通り越中国の白山神社の総まとめをやっています。富山藩の藩主であった前田氏(金沢の分家)の崇敬も篤かったという話ですが、後述の日枝神社と比べるとこちらの境内は閑散としています。
 この2つの神社はまさに目と鼻の先で、一瞬なぜこんな至近距離に同じ神社があるのか、と思ってしまいますが、その答えは「越中白山総社」の歴史をひもとくと分かります。
 こうすると、実は先に出てきた「白山社」が元々あとの「越中白山総社」だったことが分かります。どういうことかといいますと、もともと市南部の布市にあった「越中白山総社」が、最初「白山社」の地に遷座し、それがさらに現在の場所に遷座したのですが、その際に元の場所の神社をなくさず、そのまま同じ「白山社」として残したのです。その証拠に、地元では「白山社」の方を「古宮」と呼んでいるそうです。
 おそらく「越中白山総社」側からすると「白山社」は摂社(本社と深い関わりを持っている神社)ということになるでしょうから、別に近くにあっても何ら不自然ではないのですが、電車通りをはさんで見事に向かい合わせ、という構図はちょっと珍しいかもしれません。

 ……いや、別にどうってことのない話なんですけどね。ただ、神社フリークとしては、こういうのは外せないので(爆)。
 ちなみに、白山神社の本社は富山のお隣、石川県鶴来町の白山絶頂にある「白山玉比祥(しらやまたまひめ)神社」(本当は「祥」は口へんなのですが、IMEにないので……)なのですが、意外や意外、本社のまします石川県を除くと、北陸で「白山神社」はあまり多くないのです。で、どこで多いかというと、岐阜や名古屋などの東海地方だったりします。何だか山岳信仰がらみの事情があるようですが、その話についてはいつか機会がありましたらということで……。

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