美濃町線の「伝説」
(2000年4月1日現在 その2)


《その2》
 全線にわたって「道端軌道」が存在する

 タイトルを見て「え?」と思った人もいらっしゃるかと思いますが、「道端軌道」とは読んで字の通り、道の端っこを走っている形態の軌道のことです。
 といわれると道の片方に寄っている併用軌道、というイメージでとらえられるかと思いますが、これは専用軌道でも有り得る現象です。すなわち、専用軌道でも道に沿って走っていて、歩道や沿線の建物の敷地からなし崩しに軌道敷きが続いているような軌道を指しています。
 実はこの形の軌道は昔は地方の路面電車では当たり前で、代表的なものだと花巻電鉄鉛軌道線(花巻〜西鉛温泉間)などがあります。これらの路線は非常に狭い道を通っていることが多く、なるべく道を空けようとした結果そうなってしまったもののようです。しかし、こういった路線も昭和40年代以降急速に姿を消し、「道端軌道」どころか郊外型の路面電車が珍しい状況になってしまっているのです。
 そんな中、よりによってその「道端軌道」が大手私鉄の路線に残っている、というのは非常に興味深いことといえるでしょう。

 「美濃町線電停めぐり」をご覧になった方はおおよその察しはついておられるかと思いますが、美濃町線はそのほとんどが「道端軌道」です。区間を書き出すと、
&nbs   琴塚電停手前〜下芥見電停手前、上芥見電停付近、白金電停直後〜新関電停手前
 
の3区間にすぎませんが、区間を見てみるとこれが全線のほぼ4分の3は占めていることが分かります。
 ただし、「道端軌道」といってもいろいろあります。先ほどのように本当に柵もなく道や家の敷地となし崩しになっているものから、道路に沿っているにもかかわらずしっかりバラストが入っているものなど、形だけは「道端軌道」というようなものもあります。
 美濃町線の場合、本物と形だけのものが半々ぐらいでしょうか。存在しているだけでも充分すごいのに、その中で古体を留めた部分が多くあるとは、やはり美濃町線はただものではありません。

 薀蓄をたれていても仕方がないので、さっそくその真の「道端軌道」をご覧頂くことにしましょう。

[琴塚電停手前〜下芥見電停手前]

 ここの区間では、琴塚の手前から線路が県道に寄って来ます。ただし、その時点では軌道が一段高く、「道端軌道」という感じではありません。しかし、日野橋に近づくにつれて軌道面が低くなり、やがて道路と同じ高さになります。
 そして、草敷の部分を経て、ついに真打ちというべき昔ながらの「道端軌道」が登場します。

琴塚〜日野橋間の「道端軌道」
2000.6.11

軌道敷と一続きの民家
2000.6.11

軌道敷と紫陽花の花
2000.6.11

 こんな感じです。歩道ともつかず、敷地ともつかず……。道路との仕切りはガードレールがぽつりぽつりと立っているだけ、その中を砂利敷きと簡易舗装の入り混じった線路が1本走って行きます。
 最初行った時は、あとの上芥見電停付近が強烈過ぎて気づかなかったのですが、何度か回を重ねるうちに「ここもすごいのでは……」と思い始めました。そして、確かにすごかったわけです(笑)。
 いや〜、勝手口を出たら電車が走ってるわけですからね。江ノ電なんかでも例はありますが、あれはきちんとバラストなんかを敷いた専用軌道らしい専用軌道です。ところがこちらは、専用軌道なんだか併用軌道なんだか分からないような状態ですから……。ところどころある舗装も、家の入り口とかだけに施されていて、いかにも素朴な感じですし。ここを電車が走ってくるというのは、やはり人によってはまさに未知の体験です。

 ただし、この秀逸な状態が続くのはごく短い間で、線路はすぐ先で草敷となってしまいます。さらに日野橋が近くなるときちんと柵も出来てしまい、真の「道端軌道」はしばらく見られなくなります。

[上芥見電停付近]

 ここの区間では、形だけの「道端軌道」から専用軌道区間に入り、用水路沿いに走って行くと、突然生活道路の上に飛び出します。
 美濃町線の中で、恐らくもっとも有名な場所でしょう。

上芥見電停入口を行くモ600形
1998.4.26

上芥見電停を発車するモ600形
1998.4.26

併用軌道を関方面へ望む
1998.4.26

併用軌道を新岐阜方面へ望む
1998.4.26

併用軌道を走るモ880形を側道より望む
2000.4.29

併用軌道出口を関方面へ望む
2000.4.29

併用軌道出口を新岐阜方面へ望む
2000.4.29

 とにかくここもすごい区間です。郊外の幹線道路でもない狭い道路を併用軌道、それも古典的に「道端軌道」で通っているのですから。道端軌道の多い美濃町線ですが、上で見てもお分かりのように少なくとも2車線はあるような広い道がほとんどで、本当に「生活道路」という感じの部分はここだけです。
 広さという点では、同じ真の道端軌道である土佐電鉄の鴨部〜朝倉間などとそれほど変わりません。しかし、そちらが周囲が商店街なのに対し、こちらは周囲は完全な住宅地ではなく、小さな山や田畑の広がる郊外です。さらに、車も幹線道路から抜けてくる車が時折通るだけで、ほとんど通りません。
 今の時代にそこまで舞台が揃っているのですから、本当によくぞ残っていてくれた、という感じです。実際、うららかな日差しの中、ひび割れた併用軌道の上を静寂を破ってごろごろと電車が走って行くのは、不思議でもあり、情緒深くもあり……。本当に、何度でも行きたくなる場所です。
 なお、この併用軌道にはすぐ横にもう一つ道がついています。この間は草むらで、ここから見てみると片方の線路がきちんと舗装されずに飛び出していたりして、少し目先が変わります。

 ここから線路は専用軌道へ突入し、美濃町線最大のハイライト・津保川鉄橋を渡ります。ここの専用軌道もなかなか秀逸なのですが、それはまたの機会に。

[白金電停直後〜新関電停直前]

 ここの区間では、白金を過ぎるとしばらくして横から寄り添ってきた道の横に飛び出してきます。そのほとんどが柵つきの形だけの「道端軌道」ですが、飛び出してきたところから僅かな間だけ、真の「道端軌道」が存在しています。

白金〜小屋名間の道端軌道を関方面へ望む
2000.4.29

白金〜小屋名間の道端軌道を新岐阜方面へ望む
2000.4.29

白金〜小屋名間の道端軌道全景
2000.4.29

道端軌道の踏切を行くモ600形
2000.4.29

 こんなところです。今度は周囲は田畑で柵もなく、1つ目の琴塚〜下芥見間の場合と2つ目の上芥見付近の場合を合わせたような光景です。
 その中で注目したいのが、やはり横の道との関係でしょう。右上と左上の写真を見てみると分かりますが、歩道と軌道敷の差が全くありません。それも同一の高さで柵がない、というレベルのものではなく、線路の片側の部分まで舗装されているためにつながってしまっているのです。そのため、歩いていて気がつくと線路のすぐそば、なんてこともあります。
 正直、どこまで近づいていいか困りますが、ちょうど真ん中辺りで舗装が切れているのでそれに従えば大丈夫でしょう(笑)。軌道法の規程によって、線路の左右75センチは事業者の管理なので、この右側の部分は恐らく名鉄さんが舗装されたものだと思いますし。いや、測ったわけじゃないんですけどね(笑)。

 こうやって「道端軌道」という古典的な郊外型路面電車のスタイルに注目してみると、それがそこここに存在している美濃町線のすごさや濃さ、そして魅力がよく分かります。
 実際、この「道端軌道」は美濃町線の濃さのバックボーンをなす非常に大きな要素となっています。やはり、乗っていて一番目につく特徴ですからね。
 他の場所ではめったに見れなくなったような沿線風景が、本当に美濃町線ではごろごろしています。探しやすく行きやすい場所ばかりなので、美濃町線にご乗車の際には是非とも行ってみて下さい。

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Copyright(C) Masaki Tomasawa.