美濃町線の「伝説」
(2000年4月1日現在 その4)


《その4》
ツーマン運用が行われている

 これまでにも見てきたように、美濃町線には時代を超越したところが多くあります。そのうち、もっともその感を強くするものが、このツーマン運用です。
 ツーマン運用、すなわち車掌の乗務する運用です。今でこそ路面電車はワンマンが当たり前ですが、昭和40年代まではどこの都市でも行われていました。しかし、路面電車は1両辺りの輸送量が少ない関係で人件費が割高となるため、合理化の一環として次々と廃止されて行ったのです。それが、何と美濃町線ではつい最近まで新関以南の全ての電車で行われていた、というのだから驚きです。

 ツーマン運用ですから、当然車内設備はワンマンのそれとは違います。
 まず、バスなどにもあるような運賃箱や運賃表示機が一切ありません。運賃は車掌に車内補充券を切ってもらうか、運転手に直接渡すかです。
 さらに、ツーマン運用を特徴付けているのがベルの存在です。
 路面電車のことを俗に「ちんちん電車」というように、本来路面電車は発車の際ベルを鳴らすものでした。
 しかし、これもただ鳴らしているだけではないのです。私も美濃町線で初めて気づいたのですが、このベルは必ず車掌がドアを閉め、準備万端となった時に鳴らされます。要するにこのベルは、鉄道で車掌が運転士に指示を出すために使われる「車掌ブザー」の役目を果たしているのです。
 それが証拠に、形骸化してベルが残っている都電を除けば、その他のワンマン運用の路面電車では決してベルは鳴らしません。また、鉄道で時々ある「発車してよいか?」「発車せよ」という運転士と車掌のブザーの掛け合いにあたるようなベルの掛け合いが美濃町線でもありましたし、「車掌ブザー」の役目を果たしていることは間違いありません。
 ただし、美濃町線で変わっているのは、このベルのスイッチが必ずしも運転台だけについているとは限らないことです。

モ593のベルスイッチ
2000.6.11

モ880形のベルスイッチと戸閉機(南側)
2000.12.25

モ880形のベルスイッチと戸閉機(北側)
2000.12.25

戸閉機アップ
2000.12.25

 上はモ593の例ですが、真ん中の昇降口のところにベルスイッチがついています。実は美濃町線の車掌さんは必ずしも後ろにいるとは限らず、電車の真ん中にいることが多いため、ドアごとにこのようなスイッチがついているのです。
 これと似たようなものが戸閉機で、これもモ870形やモ880形などではドアごとについています。このドアだけに有効か他のドアにも有効か選べるようになっていて、場合に応じて鍵を突っ込んで作動させる光景がよく見られました。
 ちなみに、蛇足ですが形式によってベルの音は違います。モ590形・モ600形は「ヂンヂン」と重苦しく野太い音、モ870形・モ880形は「チンチン」と明るく綺麗な音がします。何だか車両の特徴をよく表しているような音ですね(笑)。

 ただ、この非常に変わったツーマン運用も、1999年から続く美濃町線近代化の波に押され、2000年11月で完全にワンマン化されることが決まっています。
 実際、ワンマン化というのは当然の流れですし、言ってみれば今まで残っていたのが奇跡でした。だから仕方ないのですが、ベルが聴けなくなっちゃうのは寂しいです……(涙)。

《その5》
スタフ閉塞が行われている

 ツーマン運用に続き、美濃町線で時代を超越したものの1つがスタフ閉塞の存在です。
 スタフ閉塞とは、美濃町線のような単線の路線で車両交換の際に使われる方式で、閉塞(交換設備と交換設備の間の区間)内に入るにあたり、対向する電車同士で通票を交換するものです。要するに、単線上でぶつからないようにするために、一つの閉塞に入るときは必ず対応する通票を持つ決まりになっているわけです。
 この方式は本来鉄道のもので、早くから自動閉塞化の進んだ軌道ではあまり見られません。しかも、現在本家の鉄道の方でも自動閉塞化が進んでいるような状態ですから、これがつい最近まで全線で行われていた軌道線、などというのはかなり珍しい部類に入ると言えましょう。

 ここで使われている「通票」はΩ形の金属の持ち手に革のケースのついたもので、いわゆる「タブレット」の形をしています。そのため「タブレット」と言われていることも多いのですが、厳密には「タブレット」はタブレット閉塞で使うもので、これとは違います。タブレット閉塞はタブレットと呼ばれる砲金製の玉を交換し、これを機械に通してポイント操作をするものですが、スタフ閉塞は単純に閉塞区間を書いた紙を入れて交換するだけです。つまりポイント操作自体は自動化されているわけで、スタフはあくまで運転手同士の確認用として機能しているわけです。

 美濃町線の閉塞区間はそれぞれ梅林〜競輪場前、市ノ坪〜競輪場前、競輪場前〜野一色、野一色〜日野橋、日野橋〜下芥見、下芥見〜白金、白金〜赤土坂、赤土坂〜新関、新関〜神光寺、神光寺〜美濃で、それぞれ丸・三角・四角を交互に用いていました(ただし、梅林〜競輪場前・市ノ坪〜競輪場前は同じ)。
 このスタフの形は、線路端にその形をした標識で表示されていました。これは路面電停の場合でも同じです。

競輪場前電停の閉塞標識
1998.12.25

下芥見電停にある閉塞標識
2000.6.11

 通票交換は、大抵の場合電車を構内踏切をはさんで停めて、運転手同士で行います。路面電停の場合は専用の職員が常駐し、交換の手伝いをしていました。

通票交換のために降りる運転手さん
モ593 2000.6.11

新関行の電車と通票交換
モ880形 2000.6.11

 見ての通り、運転手さんが自ら降りて行って通票を交換しています。この作業、一見面倒くさそうですが運転手さんにはいい気晴らしになるらしく、世間話をしながら交換する光景もよく見られました。特に右の写真なんか、微笑ましいですね。
 また白金では、対向する電車の運転室が隣り合うため、降りずに窓から窓へ手渡しで交換する光景が見られます。

 こんな味のある美濃町線のスタフ閉塞でしたが、やはりツーマン運用と同じく近代化の波に押され、1999年の暮れから下芥見〜関間に短縮されてしまいました。
 現在、下芥見以南は自動閉塞化され、出発信号機がつけられています。

下芥見電停の出発信号機
2000.6.11
「通票持越注意」の標識に注目

競輪場前電停の出発信号機
2000.6.11

 さらにいえば、この僅かに残ったスタフ閉塞も、ワンマン化と時を同じくしてなくなる可能性があります。ツーマン運用と同じく、残っていたのが不思議なくらいのものですが、やはり寂しさはぬぐいきれません。

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Copyright(C) Masaki Tomasawa.