美濃町線の「伝説」
(2000年9月17日現在 その6)


[過去の「伝説」たち]

《その1》
ツーマン運用が行われている

 これまでにも見てきたように、美濃町線には時代を超越したところが多くあります。そのうち、もっともその感を強くするものが、このツーマン運用です。
 ツーマン運用、すなわち車掌の乗務する運用です。今でこそ路面電車はワンマンが当たり前ですが、昭和40年代まではどこの都市でも行われていました。しかし、路面電車は1両辺りの輸送量が少ない関係で人件費が割高となるため、合理化の一環として次々と廃止されて行ったのです。それが、何と美濃町線ではつい最近まで新関以南の全ての電車で行われていた、というのだから驚きです。

 ツーマン運用ですから、当然車内設備はワンマンのそれとは違います。
 まず、バスなどにもあるような運賃箱や運賃表示機が一切ありません。運賃は車掌に車内補充券を切ってもらうか、運転手に直接渡すかです。
 さらに、ツーマン運用を特徴付けているのがベルの存在です。
 路面電車のことを俗に「ちんちん電車」というように、本来路面電車は発車の際ベルを鳴らすものでした。
 しかし、これもただ鳴らしているだけではないのです。私も美濃町線で初めて気づいたのですが、このベルは必ず車掌がドアを閉め、準備万端となった時に鳴らされます。要するにこのベルは、鉄道で車掌が運転士に指示を出すために使われる「車掌ブザー」の役目を果たしているのです。
 それが証拠に、形骸化してベルが残っている都電を除けば、その他のワンマン運用の路面電車では決してベルは鳴らしません。また、鉄道で時々ある「発車してよいか?」「発車せよ」という運転士と車掌のブザーの掛け合いにあたるようなベルの掛け合いが美濃町線でもありましたし、「車掌ブザー」の役目を果たしていることは間違いありません。
 ただし、美濃町線で変わっているのは、このベルのスイッチが必ずしも運転台だけについているとは限らないことです。

モ593のベルスイッチ
2000.6.11

モ880形のベルスイッチと戸閉機(南側)
2000.12.25

モ880形のベルスイッチと戸閉機(北側)
2000.12.25

戸閉機アップ
2000.12.25

 上はモ593の例ですが、真ん中の昇降口のところにベルスイッチがついています。実は美濃町線の車掌さんは必ずしも後ろにいるとは限らず、電車の真ん中にいることが多いため、ドアごとにこのようなスイッチがついているのです。
 これと似たようなものが戸閉機で、これもモ870形やモ880形などではドアごとについています。このドアだけに有効か他のドアにも有効か選べるようになっていて、場合に応じて鍵を突っ込んで作動させる光景がよく見られました。
 ちなみに、蛇足ですが形式によってベルの音は違います。モ590形・モ600形は「ヂンヂン」と重苦しく野太い音、モ870形・モ880形は「チンチン」と明るく綺麗な音がします。何だか車両の特徴をよく表しているような音ですね(笑)。

 ただ、この非常に変わったツーマン運用も、1999年から続く美濃町線近代化の波に押され、2000年11月で完全にワンマン化されてしまいまいsた。
 実際、ワンマン化というのは当然の流れですし、言ってみれば今まで残っていたのが奇跡でした。だから仕方ないのですが、ベルが聴けなくなっちゃったのは寂しいです……(涙)。

《その2》
スジ通りに走らない「車輛交換運用」の存在

 さて、前でも取り上げた続行運転と関連して、美濃町線にはごく短い間、もう1つ興味深い運用形態がありました。それが、この「車輛交換運用」なる運用です。
 これは1999年3月31日に新関〜美濃間が廃止された際のダイヤ改正で導入された運用で、言葉だけだとよく分かりませんが、端的に言ってしまえば上の続行運転での2両の電車の前後関係をひっくり返した運用のことです。
 ただし、単に電車の前後関係をひっくり返しただけではありません。何と、電車自体の行き先が日野橋で入れ替わってしまうのです。つまり、新岐阜発関行だったものが日野橋止まりに、徹明町発日野橋行だったものが関行に化けてしまうわけです。実際、車内放送でも「この電車、これまで関行で参りましたが、野一色より日野橋止まりに行き先を変えさせていただきます」などと入ります。
 さらに、この運用でややこしいのが、時刻表でのスジ(時刻)にこれが反映されていないということでしょう。実は、現地の時刻表には「日野橋で車両交換」などときちんと書かれているのですが、「名鉄時刻表」で見てみると、そのようなことは一切書いてありません。スジ自体も、今まで通り新岐阜発は関方面へ、徹明町発は日野橋へ、となっていて、切れている様子は見られません。どうやらこれが正式なスジのようなのです。
 そのせいか、行き先表示も日野橋までは時刻表通りですし、駅の発車表示も時刻表通りです。そして何よりも、構内時刻表が時刻表通りの行き先を書き、「車両交換」とわざわざ書いてあるのです。
 ただし、これが乗客の混乱を招いたらしく、一時期行き先表示だけ実際の行き先に合わせていました。でも、私が2000年の6月に行った時は、時刻表通りでした。やはりこれだと時刻表と食い違ってしまうので、のちに元に戻したのでしょう。

 何でこんな奇妙な運用が生まれたか、ということを考えると、やはり思い当たるのは一つしかありません。新関〜美濃間廃止で専属車としての仕事をお役御免となり、全線復帰を果たしたモ590形の存在です。新関〜美濃間ありし頃は日中新関以南に入ってこなかった車両が入ったことで、美濃町線全線で車両が多くなり、だぶついたことは想像に難くありません。そこで、そのだぶついた車両を回すために考え出されたのが、この世にも奇妙な「車両交換運用」だったのではないか……と思います。
 しかし、末端区間を切られてもなお、新たなる「伝説」を生み出すとは……。恐るべし、美濃町線(笑)。
 ただ、この変わった運用も800形投入とモ870形複電圧化を受けて廃止されてしまいました。本当につかの間の伝説だったわけです。

 なお、「車両交換運用」の行われる電車の時刻については、私が2000年の6月に行った際に調べてきたものがあるので、ご参考までにそれを書かせていただきます。

[平日下り]
新岐阜発関方面 916(新関行),1023(関行),1153(新関行),1253(新関行)
徹明町発日野橋方面 920,1022,1152,1252(いずれも日野橋行)

[平日上り]
関発新岐阜方面 913,1140(いずれも新岐阜行)
新関発新岐阜方面 916,1016,1146,1246,1416(いずれも新岐阜行)
日野橋発徹明町方面 946,1046,1216,1316,1446(いずれも徹明町行)

[土休日下り]
新岐阜発関方面 720(関行),853(新関行),953(新関行),1053(新関行),1223(関行),1253(新関行)
徹明町発日野橋方面 720,852,952,1052,1222,1252(いずれも日野橋行)

[土休日上り]
関発新岐阜方面 840,1340(いずれも新岐阜行)
新関発新岐阜方面 846,946,1046,1216,1346,1516(いずれも新岐阜行)
日野橋発徹明町方面 916,1016,1116,1246,1416,1546(いずれも徹明町行)

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